お誕生日おめでとう!

~桜の花びらが舞う病院出入り口で~
「渋井さん、退院おめでとうございます。
それからゆかちゃんもお誕生日おめでとう!」
「ありがとうございます」
深々と頭を下げながら、渋井は目頭に熱いものが込み上げてくるのを感じた。
「渋井さん、こんなおめでたい日に泣いたりしちゃいけませんわ」
そういう令子もまた、大きな瞳を潤ませていた。
妻を事故で亡くした渋井が、末期癌を宣告されて入院してきたのは
僅か十ヶ月前のこと。
幼い娘のゆかを抱え、自覚症状を堪えて仕事と家事に明け暮れるうち
癌は手術ができないほどに進行していた。
令子の勤務する病院は、癌研究所と提携しており、
反対する家族を持たない渋井は、開発が最終段階に入った新薬の
被験者に選ばれた。
そして、いくつかの副作用に苦しみながらも、
末期癌からの奇跡的な回復を果たし、
娘の誕生日を期に退院することができたのだ。
それにしても凄い薬が出来たものだ。
この薬は今後も多くの命を救うに違いない。
令子は、手を繋いで遠ざかっていく親子の後ろ姿を見送りながら、
看護婦としての喜びを感じ、素晴らしい薬を開発した研究者に
恋にも似た気持ちを抱いた。
~とあるマンションの一室で~
「おめでとう!」
ワイングラスをカチリと合わせて、夏樹と良太は特別な日を祝っていた。
「とうとうあなたの薬が認可されるのね」
「ああ、長い道のりだったけれど、君がいつも応援してくれたおかげさ」
「これで大勢の癌患者の命が救われるのね」
「そう、そして僕らはお金持ちにもなる」
良太はいたずらっぽくウインクして見せた。
愛と尊敬のこもった夏樹の瞳を見詰めながら、
良太は遠い少年の日を思い出していた。
もしも、あの日あの人に出会わなかったら、
今の自分はなかったに違いない。
―18年前
霧雨の中を走りながら、良太の頬を悔し涙が伝った。
「誕生日なんて嫌いだ!」
今日は良太の誕生日……ということになっている日。
良太の通う学校では、毎朝のホームルームで、
その日誕生日の生徒に皆でおめでとうを言うことになっていた。
物心ついた時にはすでに施設で生活していた良太は、
自分の本当の誕生日を知らない。
良太の誕生日は、施設の園長先生が決めてくれたのだが、
それを知った裕輔が、良太を皆の前でからかったのだ。
「やーい、誕生日なし野郎!」
良太は裕輔を突き飛ばして、霧雨の中に飛び出した。
良太に両親と過ごした記憶は無いが、
父親の膝に抱かれた幼い自分の写真を持っていた。
二人は、蝋燭が一本立った丸いケーキを前にして笑っている。
良太の誕生日をお祝いしていた証拠の写真だ。
母親は良太を生んですぐに亡くなり、
父親も良太が2歳になる前に病に倒れて帰らぬ人となった。
「僕は、誕生日無し野郎なんかじゃない!」
霧雨はいつしか大きな雨粒に変わり、良太はぐっしょり濡れていた。
体が芯から冷えて身震いした時、
ケーキ屋のウインドウの横にいることに気付いた。
ケースに並ぶたくさんのケーキの中には、
あの写真と同じ丸いケーキもあった。
良太は雨と涙で濡れた瞳のまま、その丸いケーキに見入った。
入口に背を向けて計算をしていた真由美が、強まった雨音に振り返ると、
ぐしょ濡れになった男の子がウインドウに張り付いていた。
「まあ!」
反射的にドアに駆け寄り、外を覗いて男の子に声をかけた。
「ぼく、そんなに濡れてどうしたの?お母さんは?」
良太は突然の声に驚いて立ち尽くした。
けれど、優しそうなそのお姉さんの目が、想像の中の母親と重なって、
また涙がどっと出た。
真由美は奥からバスタオルを持って来ると、良太をふわりと包み込み、
店の中に招き入れた。
暖かいココアでようやく落ち着いた良太は、
これまでのことを全部真由美に話した。
静かに頷きながら良太の話を聞いていた真由美は、
聞き終えると店のドアに「本日閉店」の札を出してカーテンを引いた。
ケースの中から丸い大きなケーキを取り出すと、
チョコレートプレートに「良太くんお誕生日おめでとう」と書いて乗せた。
真由美が火を灯してくれた7本の蝋燭を吹き消した時、
良太は悲しみも悔しさも、みんな一緒に消えていった気がした。
雨上がりの道を真由美に送られながら、
良太はまだ誰にも言ったことのない“将来の夢”を話した。
「……良太、どうしたの?」
「あ、いや、なんでもないよ」
良太は心の中であの人にも乾杯を言ってから、
グラスを置いて夏樹を抱き寄せた。
~飾り付けをしたリビングで~
「おめでとう!広隆」
真由美は蝋燭の火の向こうで頬を膨らませる息子の顔を見ながら、
ふと、学生時代にアルバイトしていたケーキ屋での出来事を思い出した。
あの日、一緒に誕生日を祝った男の子もこれくらいだったろうか?
“人が死ななくなる薬”を作るのが夢だと言っていた彼は、
今頃どうしているだろう?
子供らしい夢だったが、素晴らしいと思ったのを覚えている。
広隆にもそんな大きな夢を持つ男の子になってほしいと思う。
真由美は、ケーキを前に目をキラキラと輝かせている息子に向かって、
もう一度言った。
「お誕生日おめでとう!」
by ウオッチコレ「ブリリアントタイム」

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