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クリスマス・イブ

ショートストーリー クリスマス・イブ

11時53分、あと7分でイブも終わりだ。

イブだというのに残業をして、終電に間に合うように、浮かれる街を駆け抜けている。

好きでやっている仕事だけれど、こんな日くらいは人並みにシャンパンで乾杯をして、
ケーキを食べて笑っていたかった。

それなのに、私ときたら、ファーストフードをかじりながらパソコンに向かい、
泊まり込みも3日目で、お風呂にも入っていない男たちと一緒に、声を荒げて会議をしていた。

なんていうクリスマスイブ!

私は悪態をつきながら、酔っぱらったおじさんたちや、べったりと寄り添いあうカップルの横を走り抜けた。

髪を乱して、息を切らせて、全力疾走した甲斐あって、終電が駅に滑り込んでくるのに間に合った。

弾んだままの胸を押さえて、開いたドアに乗り込んだとき、ほんの少しだけ違和感を感じたが、
思いがけず空席があるのを見つけて、足が自然にそちらに向かった。

座席に腰をおろすと、思い出したように一日の疲れが襲ってきて、
暖かな車内の空気とリズミカルな電車の揺れが、私を眠りに誘い込んだ。

ガタン。

停止した電車の音にハッとして目覚めると、電車のドアが開くところだった。

えっと、ここは……?

駅名を確認しようと外を覗いて驚いた。
それは、この電車が通るはずなどない地下鉄の構内。

彼が、いえ、正確には3年前の冬に別れた彼が、よく待ち合わせした階段横に立っていた。

趣味の良いスーツをスマートに着こなし、優しげで知的な瞳をしているのに、
なぜかいつも前髪が少しだけはねているのが、母性本能をくすぐる人だった。

今頃はシンガポールにいるはずの彼がどうして……?
心臓はどきどきと早くなり、頭は混乱していた。

あの日、彼は私にプロポーズをした。
「シンガポール支店への転勤が決まった。5年以上帰ってこれないと思う。
君に、一緒に来て欲しい。」

二年間つき合った彼のことは、心から好きだった。
でも、私は、彼に着いていくことを選べなかった。
入社以来ずっと入りたかった部署へ転属し、是非やりたかった企画のメンバーに加わったばかりだった。
一週間、食事も取れないほど悩み、出した答えがさよならだった。

もしも、あの時の選択をやり直せたら……
仕事で行き詰まる度に、何度もそう想像した。

今、この電車を飛び降りて、彼の元に走り寄ったら、やり直すことができるだろうか?

傍らのバックをつかみ、座席から立ち上がったとき、
ふと、さっきまで一緒に仕事をしていた仲間たちのことが思い浮かんだ。

女性の私を帰した後も、まだ、仕事を続けている仲間がいる。
彼らは今夜も泊まり込むに違いない。

腰を浮かせたままためらっていると、発車のベルがなってドアが閉まった。

窓の外で遠くなっていく彼の前髪を見ながら、愛しさと切なさと、
これでよかったのだと思う気持ちがないまぜになって胸をふさいだ。

それでも涙がでなかった自分は、大人になったな、と感じながら、窓の外に目をやった。

流れる景色を見ているうちに、また、眠りに落ちてしまった。

ギギー、ガタン。

電車が止まって、また、ドアが開いた。
入り込んできた冷気に目を覚まして、開いた戸口を見た。

ホームで、母が泣いていた。
母から少し離れたところで、父が怒ったような顔で立っていた。

あれは……
あれは、5年前、卒業したら地元で就職すると約束していたのに、
そのまま都会での就職を決め、それを報告に帰った日。

次の日から仕事だから、と、実家に泊まることさえしないで、東京にとんぼ返りした。

反対されることがわかっていたから、すべてが決定するまで家族には知らせず、
寮を出た後に住む場所も、新生活のための資金も自分でなんとかした後、
はじめて両親に電話をした。

驚いておろおろとするばかりの母と、こうなることはわかってでもいたというように
沈黙を守る父の前に正座して、自分の決めたことを伝えるだけ伝えると、
半ば逃げるようにして戻ってきた。

涙を止められない母に、「私は大丈夫だから」と何度も言い、
「時々ちゃんと会いに来るから」となだめるようにして、最終の新幹線に乗った。

夢中で仕事した日々は故郷を思う間さえ無く、
彼ができてからはデートの時間を捻出するのが精一杯で、
結局この5年間、実家には数えるほどしか帰っていなかった。

お母さん、元気かな?
お父さん、お酒飲み過ぎていないかな?

懐かしさに、電車を飛び降りたくなった時、父が母の肩を抱き寄せるのが見えた。

昔気質の父が、人前で母の肩を抱くのを見るのは不思議だった。

私が母の元を離れたことで、夫婦二人だけの優しい時間が生まれたのかもしれないと、
ほんの少し嬉しくなった。

プシュー
発車のチャイムが鳴って、電車のドアが静かにしまった。

ガタンガタン……
心地良く揺れる電車に身を任せても、もう、眠くはならなかった。
私は、たくさんの選択をしながら過ごしてきたこの5年間の時間を思った。

もしもあの時…… 辛くなる度に何度もそう思ったけれど、
あの時、今へ続くこの道を選んだのは、他の誰でもない自分だった。

あの時、この道を選んだからこそ、今の私がこうしている。
時を巻き戻して選び直すことは、決してできない。

けれど、これからの選択肢はまだたくさんある。
未来へ続く道は、どんなふうにでも変えていけるに違いない。

こんなイブも悪くないかな……
そんなふうに思い直したところに、携帯メールの着信音が鳴った。
今夜は会社に泊まり込んでいるであろう同僚からのメッセージ。

(終電間に合ったか?仕事、終わりが見えてきたぞ。
イブなのに残業つき合わせて悪かったな。今度、ゆっくり一緒にメシでも食おう。)

添えられていた添付ファイルを開くと、「聖しこの夜」のメロディが流れだした。

ガラにもない、そう思ったけれど、本当は嬉しくて、
窓の外を流れるイルミネーションの街を見ながら思った。

やっぱり、こんなイブも悪くない。


このショートストーリーは、大阪の時計店【ウオッチコレ】メールマガジン『ブリリアントタイム』に掲載されています。

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