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ゴーストライター

ショートストーリー ゴーストライター

書けない。どうしても、書けない。

前作まではキーボードを打つ指のスピードがもどかしいほど、
次から次へと言葉があふれてきたというのに。

男は、ふうっと大きなため息をつくと、
何時間も座りっぱなしだった椅子から立ち上がろうとした。

ピコン。

その時、着信音が鳴り、モニターの隅に
男のSNSアカウントに届いたメッセージが表示された。

人気作家である男には20万人を超えるフォロワーがいるが、
男がフォローしているのは十数名だけだ。

ほとんどは、オフラインでも付き合いの深い友人知人だが、
ひとりだけ、実際には会ったことのない人物がいた。

アカウント名はPhantomで、年齢も性別も分からない。

男がなぜそんな奴をフォローしているのかと言えば、
たまたま見かけたそいつの投稿があまりにも興味深かったからだ。

友達の少ない奴なのか、フォロワーは男を入れて3人だけで、
フォロー数も10に満たない。

男以外の2人のアカウントは長く動いている様子がないから、
実質的にPhantomの投稿を読んでいるのは、男だけだと言っていい。

メッセージは、そのPhantomからだった。

推理小説のトリックを考えついたので見てほしいというのだ。

男がフォローするほどPhantomに興味を持ったのは、
Phantomがいくつものトリックアイデアを投稿していて、
それがなかなか良くできていたからだ。

Phantomはミステリー好きか、小説家志望なのだろう。

トリックのネタならば、いつものように投稿すれば良いのに、
どうしてわざわざダイレクトメッセージを送ってきたのだろう?

不思議に思いながらも、気分転換になるだろうと思い、男は了承のメッセージを返した。

すると、メッセージ添付で送られてきたのは、
ちょっとした小説並みの量があるテキストファイルだった。

テキストを読み終えた男は、気分を落ち着けるために
深呼吸をしなければならなかった。

Phantomの原稿が予想外に素晴らしくて動揺したのだ。

もちろん、文章は未熟で構成にも甘さがある。

しかし、核となる殺人のトリックには目を見張るものがあった。

緻密な計算と周到な準備に、いくつかの偶然が重ならなければ成しえない殺人ではあるけれど、
ストーリーには整合性があって、リアリティがもの凄い。

殺される3人の男たちの心理描写も秀逸だ。

男はすぐPhantomにメッセージを送り、原稿を編集者に見てもらうよう勧めた。

なんなら男と親しい編集者を紹介してやっても良い。

ところが、Phantomは思いがけないことを申し出た。

このトリックを使って推理小説を書いて欲しいというのだ。

Phantomは、自分が思いついた最高のトリックを
どうしても世に出したいので、男に協力してほしいと懇願した。

もちろん、男は断った。

今は少々スランプだが、素人の考えたトリックで書くなんて
プロとしてのプライドが許さない。

しかし、いっこうに抜け出せないスランプと、
毎日メッセージを送ってきては懇願し続けるPhantomの根気に負けて、書くことを約束した。

Phantomの原案に男の筆が加わった推理小説は、
男の作品の中でも最高と言える出来栄えだった。

原稿を読んだ担当編集者が興奮して絶賛する声を聞きながら、
男の頭には「ゴーストライター」という言葉がよぎった。

出来上がった作品をデータでPhantomにも送って見返りを尋ねたが、
ただ礼を言うばかりで何も要求しなかった。

そして、それきり、Phantomは返信をよこさなくなった。

SNSへの投稿もその日から途絶えたままだ。

出版された小説は、瞬く間にベストセラーとなり、男の最高傑作と評された。

推理小説家として益々人気を高めた男は、スランプからも脱出し、次回作に取り組み始めた。

Phantomと連絡を取ろうと、男は人を雇って調べさせたりもしたが、
結局、Phantomを探し出すことはできなかった。

******

「便利な時代になったもんだよな」

Phantomが仲間に話しかける。

「本当に。誰でもネットで表現活動できるんだからな」

仲間が感心したように言う。

「それにしても、あの小説家、やっぱり凄いな。
これだけ本が売れれば、関係者の誰かが読んで、あの事件の真相に気づくのも時間の問題だ」

Phantomがそう言うと、もう一人の仲間が心配そうに口を開いた。

「あの小説家が疑われたりしないか?」

「大丈夫さ、事件が起きたとき、あの小説家はまだ小学生だ。
いくら小説でトリックを暴いて、事件を詳細に描写していたって疑われることはないよ。
本人はちょっと驚くだろうけど……」

Phantomは笑いながら言う。

「俺たち、もうすぐ見つけてもらえるんだよな?」

仲間が不安そうに尋ねた。

「ああ、きっともうすぐだ。」

白骨になって久しいPhantomが、暗い土の中できっぱりと言った。


このショートストーリーは、大阪の時計店【ウオッチコレ】メールマガジン『ブリリアントタイム』に掲載されています。

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