ライバル

ショートストーリー『ライバル』

土曜日の同窓会に春子も来ると聞いて、里緒は少し動揺した。

なぜ彼女の名を聞くと、こんなにも心が波立つのだろう?

里緒は微かな不安と苛立ちを悟られないよう、
手にしたカップの珈琲を一口飲んだ。

幼い頃から近所でも評判の美少女だった里緒は、
両親の期待を裏切らない美しく品の良い女性に成長した。

大学を卒業し、国際線のスチュワーデスになったが、
3年前の秋に退社して、現在は大手の人材派遣会社で
マナー研修のインストラクターとして働いていた。

インストラクターになってすぐの冬、ホテル従業員研の研修に出かけた時、
偶然、パートとして働いているかつての同級生と出会った。

電話番号とメールアドレスを交換し、共通の友人とも連絡を取って、
時々集まってお茶を飲むようになった。

その日は、十数年ぶりの同窓会の話しで盛り上がっていた。

「そういえば、春子って今何してるのかしら?」
仲間の一人が口にした。

「あんなにバリバリやってた仕事をあっさり辞めて、
田舎で主婦してるらしいわよ」

それほど仲が良かったわけでもない春子を皆が印象深く感じているのは、
卒業して数年の頃、春子が経済誌で大きく取り上げられていたから。

有名な菓子メーカーの企画開発部門に属した彼女が、
開発に関わった商品を次々とヒットさせ、
そのうちの一つは、新しいスタンダードとして、
ライバル他社がすべて類似品を追従発売するほどの大ヒットになった。

当時まだ20代前半だった彼女のめざましい活躍は、
女性誌が特集を組むほどだった。

春子だけには絶対に負けたくない!
その時も、里緒は強くそう感じていた。

里緒がそう思うのには理由があった。

学生時代、里緒が密かに思いを寄せていた先輩が春子に告白して振られ、
それでもなかなか諦めきれないでいる、という噂があったのだ。

その真偽は確かでないが、そんな噂が立ったこと自体、
里緒には耐えられないことだった。

春子はさして美人というわけでもなく、スタイルだってごく普通で、
学生時代の成績は里緒の方がずっと良かった。
友達の数もセンスの良さも趣味の多さも、
里緒の方が少し上をいっていたはずだ。

春子が結婚した相手は千葉から通勤するサラリーマンだと聞いているが、
里緒の夫は公認会計士で、都内の一戸建てに住んでいる。

里緒は全てにおいて、春子に少しずつ勝っているはずだと思う。
それなに、どうして………。

同窓会当日、里緒はいつもにもまして念入りにメイクをし
丁寧に髪を整えていた。

30をだいぶ越えたというものの、鏡に映る体はまだ美しく、
くびれたウエストラインも引き締まった脚も健康的だった。

緩やかに体に沿うワンピースは、スタイルの良さを強調してくれた。

里緒は最後の仕上げにジュエリーボックスを開け、
繊細なデザインのネックレスを選んで取り出した。
細く輝く鎖の先には、見事なカッティングのダイヤモンドが揺れている。

広めに開いた胸元にあてがったダイヤモンドが光を集めて
白い肌を照らしていた。

洗練されたジュエリーが、里緒の美貌と気品をさらに高めているようだった。

里緒は鏡に向かって微笑むと、カシミアのコートを羽織って玄関に向かった。

同窓会の会場には、旧交を温め合うざわめきと笑い声が満ちていた。

里緒が会場に足を踏み入れると、
里緒を見た同窓生たちが一瞬息を呑む様子がわかった。
振り返ってまで向けられる羨望の視線が心地良かった。

近寄ってくる何人かの旧友たちと言葉を交わしながらも、
目はずっと春子のことを探していが、春子の姿は見あたらず、
仕方なく里緒は小さなグループの中心に立って、
服やダイヤモンドを褒める旧友たちと他愛ない会話に興じた。

30分くらいした頃だろうか、
入り口のドアが勢いよく開いて、誰かが中に飛び込んできた。

振り返ると、そこには、パーカーにジーンズというラフな格好の春子が居た。

走ってでもきたのだろうか?頬と鼻の頭が赤くなっているし、
髪が少し乱れている。

いくつかの歓声が上がって、何人かが春子の元に駆け寄って行った。

春子は、髪を押さえつけながら、会に遅れた詫びを言い、
理由を説明していた。

朝、子供を預けるために実家に行くと、
近所のおばあちゃんに遊びにおいでと誘われた。

時間もたっぷりあったので、おばあちゃんの菜の花畑を
子供にも見せてやろうと連れて行って遊んでいると、
おばあちゃんが突然ぎっくり腰になってしまった。

慌てて病院に連れて行き、おばあちゃんの代わりに畑仕事を手伝った。
喜んだおばあちゃんから野菜や菜の花をたくさん貰ったけれど、
すっかり時間が無くなって、自宅に戻って着替えることができなかった。

……というような話を、春子は身振り手振りを交えて
おもしろおかしく話していた。

珍しい畑仕事を幼い子供が喜んでいた様子だとか、
田舎のおばあちゃんは人を平気でこき使うけれど、
おやつに出してくれた手作りの蒸しケーキは
代官山の人気カフェにも負けない美味しさだったとか、
どちらでもいいような春子の話を、皆、楽しそうに聞いていた。

里緒は料理を食べたり友人たちとお喋りしたりする時も、
さりげなく春子の近くをキープして、その話に耳を傾けていた。

一通りの近況報告が済んで、学生時代の思い出話にも一区切りついた時、
春子は思い出したように踵を返すと、ドアの外に走って行って、
両手に大きな袋を二つ提げて戻って来た。

袋の中は、黄色い花で埋め尽くされていた。

「遅れたお詫びに、おばあちゃんからもらった菜の花を持ってきました。
貰ってくれる人はいませんか?」と大きな声で会場の同窓生に呼びかけた。

皆が振り返って春子の方に近づいて行き、
春子の前にはあっという間に人垣ができた。

里緒は、お洒落した同窓生の中で、
「春子から春のプレゼントでーす」
とおどけながら花を配るジーンズ姿の春子が、
まるで花屋の店員のようだと思った。

その時、里緒の近くに居た男性達が、
苦笑しながら話している声が耳に入った。

「……ったく、春子のヤツ変わってないな。
皆めかし込んで来てるっていうのに一人だけあんな格好で……
でもさ、あいつの目ってイイよな、
いつでも生き生きしてるっていうかさ……」

「わかるよ、人生楽しんでます!っていう目だもんな。
うちの嫁さんもあんな目でいてくれたら
いつまでも可愛いと思えるんだけどなあ。ははは!」

目!?

里緒は男性達の言葉にハッとして、もう一度春子の顔を見た。

両手いっぱいの菜の花の奥で、にこやかに笑う二つの瞳には、
春の黄色が写り込んで、里緒の胸元で輝く大きなダイヤモンドよりも、
もっときらきらと輝いていた。

春子に抱いていた里緒の強いライバル心は、
敗北心に変わっていった。

春子の顔を見詰めたまま動けないでいる里緒に気付いて、
春子がちょっと驚いた顔をした。
そして、里緒に一歩近づくと、
「里緒さん?なんて綺麗なの!」と大きな声で里緒を褒めた。

その言葉は思わず飛び出てしまったといったふうで、
その声には微塵のお世辞も感じられなかった。

「昔から美しい人だと思ってたけれど、ちっとも変わらない!
素敵なネックレスもよく似合ってる!
お花が負けてしまいそうだけれど、里緒さんも少しどうぞ」

春子は屈託のない笑顔でそう言って、黄色い花束を差し出した。

春子の二つダイヤモンドの輝きが、
里緒の心にまでやわらかな光を投げかけたような気がした。

里緒は、「ありがとう」と言って優雅に微笑み、
もう一度、今度は春子にふさわしいライバルになりたいと思った。

 

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