注目の記事 PICK UP!

大晦日の音

「そろそろ飯にするか……」

テレビをつけると、楽器を弾く真似だけをするビジュアル系バンドが、
飛んだり跳ねたりしながら歌っていた。

別に好きというわけではないが、カラオケに行くたび誰かが歌うから、
サビのところを覚えてしまった。

「女々しくて女々しくて!」

つい、一緒に口ずさみながら、カップ麺にお湯を注ぐ。

大晦日だからといって、特別なことは何もない。
年末年始も俺にとっては、テレビが特番ばかりになる連休といったところだ。

ビールとカップ麺でお腹が膨れてうとうとしていると、
突然の効果音で目が覚めた。

画面では、カラフルな衣装を着た女の子たちが
アクロバティックに踊りながら歌っている。

服の色が一緒なら見分けがつかないと思うのは俺だけだろうか。

風呂に入り、実家に電話をして、コンビニに行ってもまだ
歌合戦が続いていたが、男性アイドルグループが最後の曲を歌い終えると、
優勝チームが発表されて、蛍の光が流れ始めた。

今年ももう、終わっちゃうんだな。

だから何というわけでもないが、なんとなく残念にも感じられる。

テレビは華やかな歌合戦のフィナーレから、寺の情景に切り替わって、
スピーカーからは除夜の鐘が鳴り響いた。
あと、十数分で年が明ける。

俺は、去年の今頃も、今日とまったく同じように
独りでテレビを見ていたことを思い出した。

このままひとりで年を取っていくのは寂しいことだが、
そのうち、この寂しさにも慣れるのだろう。
ゴ~~~ン。

ゆっくりと鐘が鳴って、静かに新しい年が明けた。

……と思ったが、テレビ画面ではなぜか、また、
楽器を弾かないビジュアル系バンドが歌っている。

「女々しくて女々しくて!」

つられて歌う俺の手には、さっき空にしたはずのカップ麺があった。

何かがおかしい。

だが俺は、もう一度風呂に入り、実家に電話をして、コンビニに行った。

コンビニで念のため日にちを聞くと、「31日です」と怪訝な顔をされた。

すでに一度過ごした時間をもう一度繰り返している気がするのは、
今年一年俺の毎日があまりにも変わり映えしなかったからかもしれない。

テレビでは男性アイドルグループが歌い終え、勝敗が決まって、
除夜の鐘をつく寺の風景が映しだされた。

やっと、年が明ける。

静かに響く鐘の音を聞きながら、そう感じた瞬間、
楽器を弾かないビジュアル系バンドの楽曲が流れ出した。
「女々しくて女々しくて!」

やばいぞ、明らかに間違っている。

ここで聞こえるべき台詞は、「あけましておめでとう」のはずだ。

俺は頭がおかしくなってしまったのだろうか?

不安な気持ちになりながらも、カップ麺を食べ、
カラフルな衣装が無ければ見分けがつかない女性グループの歌を聞き、
風呂に入って、実家に電話をして、コンビニに行った。

頭では、「そんなことをしている場合じゃない」と考えているのに、
体が自然とそう動いてしまう。

男性アイドルグループが歌い終え、除夜の鐘が鳴って、
今度こそ年が明けたはずなのに、テレビではやっぱり、
あのバンドの曲が流れていた。
「女々しくて女々しくて!」

カップ麺を持つ手がわなわなと震えた。

それから俺は、同じ時間を何度繰り返したかわからない。

このままではまずい、どうにかして状況を変えなければと思うのに、
実際には何をすればいいのかわからなかった。

それに、下手に何かすることで、さらに悪い状況になってしまったら……
そう思うと怖くて何もできなかった。
「女々しくて女々しくて!」

あの曲がまた聞こえてくると、諦めも手伝って
別にこのままずっと大晦日だっていいじゃないか。
そんな考えさえ浮かんできた。

だが、出来上がったカップ麺をすすりながら気を持ち直し、
うとうとしていたところを大きな効果音に起こされた時、
1つのアイデアがひらめいた。

そうか!

どうして、こんな簡単なことに気づかなかったのだろう?

俺は、カラフルな衣装のアイドルが踊っている画面に近づくと、
コンセントから電源プラグを引っこ抜いた。
起きている間中……風呂に入っている間やコンビニに行っている時でも、
つけっぱなしが当たり前だったテレビの音が無くなると、
驚くほどの静寂がおとずれた。

静けさの中で風呂に入り、音のしない部屋から実家に電話をかけると、
母親の話すいつもと同じ言葉がなぜだか心に染みた。

もしも正月を迎えることができたら、土産を買って実家に帰ろうと思った。

コンビニに行くと、店員が、レジを終えた客ひとりひとりに、
笑顔で「良いお年を」と声をかけていることに気がついた。

年末の最後まで安い時給で働かされているというのにだ。

部屋に戻って音のしないテレビを見た瞬間、
反射的にリモコンを探してスイッチを入れたが、
同時に、自分で電源を抜いたことを思い出した。

静かな部屋で一人座っていると、いろいろなことが思い出され、
様々な考えが浮かんでくる。

こんな時間を持ったのはどれくらいぶりだろう?

テレビや音楽の音にかき消されて聞こえなくなっていた大切な音が、
はっきりと聞こえるようになった気がした。

いろいろと考えていると、窓の外からかすかな鐘の音が聞こえてきて、
この辺りにも除夜の鐘をつく寺があったことを知った。

もうすぐ、年が明ける。

……いや、明けないかもしれない。

だが、もし、また時が戻ったとしても、
これまでとは違った気持ちで、大晦日の夜を過ごせるだろう。

テレビを消したこの部屋に聞こえるのがどんな音なのかも
少し楽しみだ。

ゴ~~~ン。

音の無い部屋だからこそ聞こえる窓の外の鐘の音が、
もう一度、ゆっくりと響いた。

 

このショートストーリーを掲載のウオッチコレメールマガジン「ブリリアントタイム」は、
隔週金曜配信です♪

関連記事

  1. ショートストーリー 特別な日

    特別な日

  2. ショートストーリー 音

  3. Brilliant Time

    Brilliant Time

  4. ショートストーリー 約束

    約束

  5. 効果

  6. ショートストーリー セプテンバー

    SEPTEMBER

  7. ショートストーリー おかあさん

    おかあさん

  8. 評判の嫁

  9. 幸運の女神

    幸運の女神

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

PAGE TOP