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「あなたに甲斐性がないから、この子におもちゃのひとつも買ってやれないのよ!」

ママが大きな声で喚いている。
僕はおもちゃなんていらないから、ママに笑っていて欲しいと思いながら、その声を聞いていた。

パパとママが何度か怒鳴りあった後、パンッ!という音がして、ママの声がしなくなった。

パパがドアをバタンと閉めて、乱暴な足音で外に出て行く。

それから、ママの泣く声が聞こえてきた。

パパとママの喧嘩が始まったのは、この家に越してきてからだったと思う。

前に住んでいた家には、お庭もあって、僕のベッドがある部屋には、
プラレールやミニカーがたくさんあった。
この家は部屋が3つしかなくて、毎日ママと一緒に寝られるから、
本当のことを言うと僕は少し嬉しかった。

お引越しはなぜだか夜で、僕のプラレールやミニカーもほとんど
ここには持ってこられなかった。

それでもここに来てしばらくの間は、ママはちゃんと笑っていたし、
パパも怒鳴ったりしていなかった。

だけど、恐い顔をしたおじちゃんたちが時々やってくるようになった頃から、
ママはいつもイライラとして、パパは大きな声を出すようになった。

しばらくして、僕たちはまたお引越しをした。

今度のお家は、部屋がひとつだけだった。

お引越しの後、僕は、ママがいつもつけていた綺麗な指輪や首飾りを
していないことに気がついた。

キラキラ光る指輪や首飾りはママに良く似合っていたのに、
ヘンだなと思ってママに聞いてみると、「あれはもういらないのよ」と
なんだか寂しそうに言った。

そのうちママはお化粧をしなくなって、
何日も同じ服やくしゃくしゃの髪のままで過ごすようになった。

僕は綺麗なママが好きだったから、少し悲しかったけど、
疲れた顔のママを見ると、何も言ってはいけないのだと思った。

パパがおうちに帰って来なくなったのはそれからすぐのことだった。

そしてママは……

*********

「……したの?」
「あなた、どうしたの?」

妻が心配そうに覗き込んでいる。

また、あの夢を見てしまった。

事業に失敗して借金に追われるようになった父は、
僕と母を残して命を絶ち、母は正気を失って、僕は親類の家で大きくなった。

まだ幼くて、母が病気になったのは、綺麗な指輪や首飾りが無くなったせいだ
と思い込んでいた僕は、指輪や首飾りを取り戻せば母も元気になるはずだと考えた。

成長して全ての事情がわかった後でも、その時の強いイメージは心から離れず、
僕は指輪や首飾りを自ら創りだす、ジュエリーデザイナーを目指していた。

母にぴったりのジュエリーを創って、その指や首を飾ってやれば、
母が元に戻るかもしれないと、まだどこかで信じていたのだ。

虚ろな目を宙に向けたまま、長い時間を白い部屋で過ごしている母。

その目がちゃんと僕を捉えて、もう一度笑顔を見せてくれる日を望みながら、
寝る間も惜しんで勉強し、言葉にできないほどの苦労を超えて、今の仕事と生活を掴んだ。

食卓で新聞を広げていると、妻がコーヒーを運んで来た。

「あなたの新作、とても評判が良いそうね。
海外からもたくさんオーダーが入ってるって、先日のパーティーで専務に言われたわ」

「ああ、おかげでゆっくり休む暇も、可愛い妻と一緒に出かける時間も無いけどね」

「仕方無いわ。売れっ子デザイナーの奥さんになれただけで喜ばなくっちゃ」

妻はいたずらっぽく笑ながら食卓についた。

コーヒーカップを持つ手にも、白い胸元にも、
妻のためにデザインしたジュエリーが光っている。

胸元を見る僕の視線に気付いた妻が、ネックレスに手をやって微笑んだ。

「最近ね、お母様、私のことがお分かりになるみたいなの。
私が訪ねていくと嬉しそうになさってるって、看護婦さんが仰るのよ」

「ありがとう。君の優しさには感謝しているよ」

全てを知って理解してくれている妻は、
忙しい僕の代わりに何度も母を見舞っていた。

僕のデザインしたジュエリーで母を救うことは出来なかったけれど、
僕のジュエリーを身につけて母を見舞ってくれる妻は、
母にとっても僕にとっても大きな支えになっている。

僕のジュエリーたちが妻の胸元で最も綺麗に輝くのは、
彼女の中に、宝石よりもさらに綺麗な心があるからかもしれない。

 

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