キッチンの窓をあけると、目の前に綺麗な花畑が広がります。
眠い目をこすりながら嫌々起きても、この花のおかげで爽やかな気分になります。

花畑があるのは、道をはさんだ向こう側の、働きもののおばあちゃんの家。
半年ほど前から、娘がこのおばあちゃんと仲良くなりました。

おばあちゃんは、ルミという名の人懐っこい老犬を飼っていて、
自分の子どものように可愛がっていました。

犬がいて、庭にはいつも花が咲き、畑には野菜や果物がなっているので、
娘にとって、このおばあちゃんの家はとても魅力的な場所。

娘はいつしか、毎朝、おばあちゃんのお庭で幼稚園バスを待つようになりました。

ルミは娘の手から物を食べるようになり、
おばあちゃんは庭の花を折って、園に持たせてくれました。

暑い日にはルミと一緒に、ひんやりした床に座り込んだり、
雨の日には、建物の奥に入り込んだりしながら、バスが来るのを待ちました。

陽射しが和らぎ、心地よい風が吹きはじめた9月のある日、
いつものようにおばあちゃんの所に行くと、
珍しく門に鍵がかかっていて、その日は、中に入るのを諦めました。

そして次の日、「おはようございまーす!」と元気よく挨拶すると、
奥から目を真っ赤に泣き腫らしたおばあちゃんが出てきました。

「ルミ、もういなくなっちゃったよ」
無理につくった笑顔を向けて、おばあちゃんは言いました。

「ルミ、おさんぽに行ってるの?」

「ううん、ルミはもうおさんぽしなくていいんだよ」

年寄りだったルミは体力のいるお散歩があんまり好きではありませんでした。

「じゃ、ルミどこ行ったの?」

「ルミはおじいちゃんの所へ行っちゃった」

きょとんとしている娘に、ルミの死をどうやって説明してあげればいいのでしょう?

おばあちゃんが小さな声で、
「みんな先に行っちまうからヤダね」
とつぶやいたのを、娘は聞いていたでしょうか?

声が詰まってしまわないうちに、私は娘に話かけました。
「ルミはここでいっぱい遊んだから、今度は天国のおじいちゃんのところに行ったんだよ」

「ルミ、死んじゃったの?」

「そう、ルミは死んじゃったんだよ」

おばあちゃんの目からは、さっき止まったばかりの涙がまたあふれそうになっていました。

おばあちゃんの目が赤くなくなるまで、
それからずいぶん日にちがかかりました。

キッチンの窓を開けると、コスモスが咲き乱れています。
明るい陽射しがあたるピンク色の花を、やわらかな風がゆらしています。

「おばちゃーん、おはようございまーす!」
今日も元気に娘が挨拶します。

「おはよう!あやちゃん、ルミいなくなっても来てくれるんだねぇ、どれ…」

おばあちゃんはそう言いながら、紫色のサルビアや、コスモスや、けいとうや、
名前を知らない綺麗な花を、次々と手で折って秋の花束にして、娘に持たせてくれました。

手にいっぱいの花束を抱えて、いい匂いをかいでいると、
幼稚園バスがやってきました。

「あやちゃん、いつも綺麗なお花をありがとう」
バスの先生に話し掛けられた娘が、おばあちゃんの方を指さすと、
先生も一緒に一礼して、バスの扉が閉まりました。

花束を誇らしげに持つ娘は、きっと、バスで一緒のお友達に、
「いつもあのおばちゃんがくれるんだよ」と自慢していることでしょう。(笑)

花と犬とおばあちゃんは、娘と私の朝を楽しくしてくれます。
花と犬とおばあちゃんは、娘にとっても、私にとっても、大切なお友達です。