ショートストーリー

時計

カチコチカチコチ…
さっきから時計の音が気になってしかたない。

「これじゃ、仕事にならないわ」
誰にいうともなくつぶやいて、今日は早めに切り上げることにした。

この時計を買ったのは、失敗だったかもしれない。

玲子は先週買ったばかりの腕時計に目をやった。
それは、凝ったデザインのアンティーク時計で、
普段の玲子ならば、ひと月は考えてからでないと買わないような値段だった。

なのに、貯金を下ろしてまですぐに買ってしまったのは、
時計屋の店主が不思議なことを言ったから。

だまされちゃっただけかも、ね。

玲子は少し笑いながら、
それでもやっぱり、仕事はもう切り上げることにした。


― 夕方の雑踏の中

チクタクチクタクチクタク…

「ったく、何だよこの時計は、音が気になって仕事にならなかったじゃない
か」
隆がまだ明るい時間に会社を出るのは久しぶりだった。
インターネットのオークションで一目ぼれして買った時計を、
今日はじめて使ってみたのだ。

時計のせいにしながらも、たまにはアフターファイブを満喫するのも悪くない
か、と、どこかウキウキした気分になっていた。

立ち止まって大きく伸びをした瞬間、
隣のビルからでてきて同じように伸びをしている、髪の綺麗な女性を見つけ
た。

ん?

女性の細い手首で光る凝ったデザインのアンティーク時計は、
隆がしているそれと同じ…

反射的に、隆は、普段の自分からは想像もつかないような行動にでた。
何のためらいもなく女性の傍に走りよって彼女に声をかけたのだ。

「失礼ですが、その時計…」


― 古ぼけた時計店の店先

アンティークな時計たちの顔を、やわらかな布で拭きながら、
店主はひとりつぶやいていた。

「あの時計、とうとう売れちまったな」

店主は、先週来た髪の綺麗な女性との会話を思い出していた。

「…というわけさ。」

「おじさん、それ、本当?」

「本当だとも、このペアウオッチの片割れをした男を、
もしも見つけることができたら、昔これをつけていた夫婦のように、
それはそれは幸せになることができるという話だよ。
もっとも、そう簡単に見つかるもんじゃないだろうけどねえ。」

「いいの、夢のあるお話だわ!おじさん、その時計、ください。」


不思議な物語は、案外身近なところで起こっていることに、
気づいている人は、まだ、あまりいない。