もしも、彼女より先に私が彼と出会っていたら……

妻子のいる男性を好きになったことがあるならば、
必ず一度は考える「もしも」。

もしも、彼と彼の妻の間に子供がいなかったら……

もしも、彼が海外赴任になって、彼の妻は日本に残るとしたら……

もしも、彼の妻が浮気をしていたら……

もしも、彼の妻が突然失踪したら……

もしも、彼の妻が発狂したら……

もしも、彼の妻が死んでしまったら……

募る思いを成し遂げたいあまりにエスカレートしていく
「もしも」の空想は際限がなくて、自分で自分のことが怖くなるほどだ。

もしも、彼女より先に私が彼と出会っていたら、
彼は私と暮らしていたかもしれない。

もしも、彼と妻の間に子供がいなかったら、
強引に彼を奪いとることだってできるのに。

もしも、彼が海外赴任になって彼の妻は日本に残るとしたら、
私はどんなところにだって彼のことを追っていくのに。

もしも、彼の妻が浮気をしていたら
彼はすぐに離婚して、私と暮らすようになるかもしれない。

もしも、彼の妻が突然失踪したら、
心配するふりをしながら、そばで彼の世話をしたい。

もしも、彼の妻が発狂したら、
彼を慰めながら寄り添って、そのままずっと一緒に過ごす。

もしも、彼の妻が死んでしまったら、
彼と私は誰にも邪魔されることなく、二人の時間を楽しめる。

「はあぁ……」

「あら、また男を好きになっちゃったの?」

彼を想ってため息をつく私に、バーのママが話かけてきた。

「いや、まぁ……」

「あなたが男を好きになった時はすぐにわかるわ。」

つき合いの長いママはみんなお見通しだ。

「でも、無理よ」

ママが同情の視線をよこしながら続ける。

「だって、あなたは女じゃないもの」

そう、私は男。

地位も名誉もある職につき、妻子もある一人前の男だ。

心の内に秘めた本当の私を知っているのは、
このバーのママだけ……。

もしも、私が空想する全てのもしもが現実になったとしても、
最後にはいつも最大のもしもが立ちはだかっている。

もしも……

もしも私が女だったら、私はいったい、どんな人生を送っているだろう?

 

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