「ママ、見て!川にお星様が降ってるよ!」

電車の窓に顔をつけて外を眺めていた子供が、川の向こうにかかる橋を指差した。

満天の星空を仰いで、良子は、これでよかったのだと考えていた。

静かに流れる眼下の川には、煌く星が映りこんで、川の中でも無数の星が煌いているように見えた。

あれは、去年の年末のこと……

良子にとって、12月に宝くじを買うことは、年中行事になっていた。

もう何十年もの間、毎年買い続けている。

新聞で当選番号を照らし合わせる度に、やっぱり当るわけなどないんだとがっかりして、良子にとって決して安くはない10枚分の金額を勿体無かったと後悔する。

それでも、また、12月がやってくると、やはり買わずにはいられなくなるのは、心のどこかに、もしかしたら次こそは……という思いがあるからに違いない。

今年は、思い切って20枚の宝くじを買った。

もしも、これが当ったら……そう想像すると楽しい気分になった。

良子の夫は、脳血栓を患って、二年間入院した後、寝たきりの義母と3人の娘たちを残して先立った。

夫を失った悲しみは大きかったが、正直に言えば、どこかで少しほっとしていた。

多感な時期の娘たちを持ち、義母の世話と、夫の看病を同時にこなして行くことに、限界を感じはじめていた時だったから。

夫の保険金は決して多くなかったが、2年間の治療費と生活費で作った借金を全て返し、義母を設備の整った病院に入院させることができた。

諦めていた長女の大学進学と、次女の高校進学を叶えてやることもできた。

けれど、良子が自分のために使えるお金は、一銭たりとも残らなかった。

あれから10年、その間に義母を見送って、長女と次女が巣立って行った。

三女が自分の力を試してみたいとアメリカに飛んだ夜、ふっと肩の荷を下ろして考えた。

いつの間に、こんなにも老けてしまったのだろう?

なりふりかまわず働いて、ずっと必死で生きてきたから、自分の身を構うどころか、自分の姿をゆっくり眺めることさえ、絶えて久しくなっていた。

独りでお茶をすすりながら、久しぶりに昔の友人に連絡を取りたいと思った。

イルミネーションの輝く12月の街で待ち合わせた旧友達は、みなそれぞれにお洒落をしてやってきた。

どこそこへ旅行に行ってきたとか、あの店のなにそれが美味しかったとかいう話題を聞くと、子育てから開放された旧友たちが、自分の時間を謳歌していることが伺えた。

良子は一人だけ取り残されたような気分になって、結婚指輪しかつけていない荒れた手に視線を落とした。

懐かしさに心躍らせるはずだった旧友達との再会は、良子に、不運な歳月を確認させるだけの時間になってしまった。

次の店に移動しようと誘う旧友達と別れて、良子は一人自宅に戻った。

けれど、大晦日の夜、良子は神様から一生分の幸運をまとめて授かった。

とうとう、当ったのである。

年末ジャンボ宝くじの、一等賞金3億円が。

748……

間違いなかった、本当に当っている!

震える手で宝くじを持ち、10回も確認してみた番号は、やはり、一等と前後賞のその番号だった。

「あ、あ、あたったー!!!当ったわ、当った!当った!」

一人小躍りする良子の興奮がおさまるまでには、長い時間が必要だった。

川に降る星(後篇)に続く