「おやじさん、お願いですよ、今日こそ教えていただけませんか?」

大手代理店の営業マンがまた頼みにやってきた。

教えてやりたい気持ちは山々なのだが、そうもいかない事情がある。

小さな時計屋の人の良いおやじは、困り果てた顔をしながら、
今日も営業マンに「もうしわけない」と繰り返すのだった。

営業マンが何日も通って聞きだそうとしているのは、
この時計屋のおやじが使っている修理職人の情報だ。

実は、時計愛好家の集まるウエッブサイトの某掲示板で、
「どこよりもオススメの時計屋」として、
このおやじの時計屋が話題を集めていた。

営業マンは、自社では断るしかない修理を、
次々とこなしてしまうこの時計屋の秘密を、
どうしても聞きださなければと必死だった。

真夜中の工房で、おやじは、今日も届いたこんなメールを、
嬉しそうに読んでいた。

「修理をお願いしてから、数週間。
まさかこんなに早く修理ができるなんて!驚きでいっぱいです。
オメガの時計は修理工場がないらしく、数ヶ月にわたり、様々な店舗をまわり、
電話をかけて問い合わせしたのですがどこも受け付けてくれずに、途方に暮れていました。
長いこと時が止まったままの時計が、また動いているのをみてうれしくなりました。^^
また動き出したこの時計で、すてきな時をともに刻みたいと思います」

「昨年亡くなった父親が若い時分に愛用していたロレックスのオーバーホールと、
表面ガラスの交換をお願いしました。
表面ガラスは傷だらけで、長い間使用しておりませんでしたし、
正規代理店では古いモデルなので、オーバーホールは無理と言われ、
どうなることやらと思っていましたが、こちらで本当に綺麗に仕上げてもらいました。
父が生きていたら本当に驚いただろうなと思います。
これから大事に使わせてもらいます。有り難うございました」

「30年前に購入、転勤でしまいこんでいたオメガ(2針デビル)を昨年から使い始めました。
自動巻きなのに腕から外すとすぐ止まる、一日数分は狂うと言う状態で、殆どアクセサリー状態。
近くの大型スーパーの時計店では古いのでスイスに送り返す、と言う話。
修理できなくても送料などの費用が必要、と何とも釈然としない条件で、困っていました。
最初は恐る恐る、まともに動かない時計だからダメモトで修理をお願いしました。
結果は\(^0^)/。極めて快適。
ボロボロになった革バンドも良い物を探して貰えましたし、
親身になって修理をしてもらっている、という安心感になりました」

「良かった、良かった」

おやじが心の中で呟いた言葉を、傍にいた“彼ら”が口々に声にした。

今度はおやじが、世界一優秀な修理職人である
“彼ら”に向かって感謝を込めて話しかけた。

「お前たちのおかげだよ」

だが……

あの営業マンには申し訳ないが、信じてはもらえんだろうなぁ。

おやじは、今夜もせっせと修理に励む親指ほどの“彼ら”を見ながら、
明日も来るであろう営業マンを思って、また困った顔をした。


このショートストーリーは、大阪の時計店【ウオッチコレ】メールマガジン『ブリリアントタイム』に掲載されています。