「可愛いな」

彼は私をじっと見詰め、にっこり笑って呟いた。

その瞬間、私の心臓は高鳴って、瞬く間に恋に落ちた。

大人の男の人からまじまじと見詰められて、

そんなふうに言われたのは初めてだった。

とても恥ずかしかったけれど、少年のように瞳を輝かせた彼の笑顔は、

私の心に焼き付いた。

私はどちらかというと引っ込み思案で、

自分から何かをしようと思ったことなどないし、

第一、体があまり丈夫ではなく、強い日差しが照りつけただけで、

めまいがして倒れてしまうことさえある。

毎日なんの楽しみもなく、ただぼーっと過ごすだけの日も多く、

どうして生まれてきたのだろう?と考え込んでしまうこともあった。

でも、今日からは違う。

私は彼に出会うために、この世の中に生まれてきたのだ。

そう、強く確信した。

それから私は、彼が近くを通る度にどきどきとして、彼の姿を目で追った。

急ぎ足で私に気付かず通り過ぎる夜もあったし、立ち止まって私を見て、
二言三言言葉を交わすこともあった。

彼と言葉を交わす時も、平静を装ってはいたけれど、

私の心には喜びが溢れ、彼が見えなくなってからも動悸がおさまらないほどだった。

よく晴れた日曜の朝、いつものように私がそこで待っていると、

向こうの方から彼が歩いてくるのが見えた。

けれど、今日は彼1人ではなく、髪の長い綺麗な女性が一緒だった。

女性の後ろからは、長靴を履いた小さな女の子が飛び跳ねながらついてくる。

もしかして、彼の家族?

私ははっとして、鼓動が早くなるのを感じた。

彼と女性と女の子は、どんどん私に近づいてくる。

緊張が極限に達し、私は思わず目をつぶった。

「な、可愛いだろう?」

聞き慣れた優しい彼の声に目を開けると、

目の前にさっきの女性と女の子の顔があった。

「仕事帰りに近道した時見つけたんだ」

彼の自慢げな声が響く。

「ちゃんと目も鼻も口もあるね」

女の子は私に微笑みかけて、彼によく似た丸っこい目を細めながら言う。

「ホント、よく出来てるわね、この雪だるま」

そう言いながら女性が私の顔をのぞき込んだ。

「ああ、ママより美人かもしれないぞ」

笑う彼の肩を、女性が「やーねえ」と言いながら軽く叩く。

私も、あの女性のように、彼の肩に触れることができたら……
彼と並んで歩いて行くことができたら……

胸が張り裂けそうなほど切ない気持ちを、私はどうすることもできなかった。

「今年の冬はとても寒いし、ここは昼間影になるから、

おまえはまだまだ長生きできるよ」

優しい声で彼がそう言って、ずれかかった私の帽子を被せ直した。

「パパ、この雪だるま泣いてるよ!」

女の子の声に驚いた彼が私の目をのぞき込む。

私の目の下に出来たくぼみに、木々の間から差し込んだ一筋の光が当たって、

丸く溜まった水滴がダイヤモンドのように輝いていた。

彼は水滴を指で払うと、冷たい雪をそこに付け足して、しっかりと押し固めた。

それから女の子を振り返ると、「ほら、もう泣きやんだ」と笑ってみせた。

去って行く幸せそうな三つの影を見送った後、私はもう一度だけ、

こっそりと涙を流し、それでも、やっぱり、生まれてきて良かったと思った。