久しぶりに定時で仕事を終えて、ショッピングでもしようと考えながら
外に出ると、思いがけないくらい明るい空が広がっていた。

春が近くなってる。

日が長くなったのに気づくのは、毎年決まってこの時期だ。

冷たい風にぶるっと震えて、身を小さく縮めながら、
いつも一番寒い時期に春を感じる自分に苦笑する。

女の子たちが連れ立って吸い込まれていくデパートのウインドウには、
赤やピンクのハートが溢れ、バレンタインが近いことを知らされる。

チョコレートを買わなくなってから、今年で何年目になるだろう?

反射的に目をやった時計は、彼とお揃いの機械式。

初めて買った、チョコレートじゃないバレンタインのプレゼントを
受け取ることなく、遠いところに行ってしまった彼。

あの年から、私はバレンタインが嫌いになった。

「藍沢さん!僕にもチョコレート買ってよ」

能天気な声に振り返ると、先月移動してきたばかりの高橋くんが
人懐っこい顔で笑っていた。

社内で唯一、私がチョコレートを買わないことを知らない男性。

「藍沢さんにそんな真剣な顔でチョコレートを選ばせる相手って、
どんな奴なんだろう?ちょっと羨ましいな」

ウインドウの前で黙って立ち止まっていたから誤解したようだ。

「別にチョコレート選んでたわけじゃないわ」

ぶっきらぼうに返事をして歩き出した。

「じゃ、今から一緒にメシでも食おうよ。まだ空も明るいし、なっ?」

一緒にご飯を食べることと空が明るいことの関係はよくわからないけれど、
にこにこしながら足早についてくる高橋くんを見たら、何故か笑みが込み上げてきた。

「そうね、じゃ、行きましょうか。まだ空も明るいし……」

広い空の西の端を、薄ピンクの夕焼けがわずかに染め初めていた。

春が近くなってる?

 

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