こんなことを言ったって、君は信じないかもしれないが、
この世の中には、君が思うよりずっとたくさんの“神様”が居るんだよ。

あ、今、笑ったね。

いいんだよ、別に……

そういう反応にはもう慣れっこさ。

でもね、これは、本当のこと。

え?「じゃあ、その“神様”はどこに居るのか?」って。

それは、君たちが普段使っているいろいろな道具の中さ。

電話とか、鍋とか、タンスとか……
生活に欠かせないような道具の中に居るんだよ。

あ、また笑って……

いいよ、いいよ。好きなだけ笑えよ。

生活に欠かせない道具と言ってもね、
何でもいいわけじゃないんだ。

誰かが、本当に大切に使っている道具、
古いけれどよく手入れされていて、ちゃんと現役で使えるような道具さ。

例えば……

「とうとう買っちゃった……」

扶紀子は大事に抱えた荷物をそうっとテーブルの上に置いて、
ひとり言をつぶやいた。

それは、たまたま見つけたアンティークショップで
一目惚れした置時計。

値札についた0の数が多すぎて、
すぐには買えなかったけど、
何度もお店に足を運んで、
バイトの時間をうんと増やして、
今日、ようやく、扶紀子のものになったのだった。

嬉しくてたまらない扶紀子は、
まだテーブルしかない殺風景な部屋の真ん中に
その時計を置いて、もう10分も眺めている。

そんなに見つめられると照れるなぁ……

そう言ったのは、この時計の中に居た神様。

もちろん、扶紀子の耳には聞こえない。

本来、これくらい古い時計の中には、年寄の神様が居るものなのだが、
今回は、ちょっと事情があって、つい、3ヶ月前まで居た神様の
孫にあたる若い神様が居た。

道具の中に居る神の仕事は、もちろん、
道具を大切に使う人を見守りながら、幸せになれるように応援すること。

まだ若い置時計の神様にとっては、
扶紀子を担当するのが初仕事だ。

かわいい子で嬉しいなぁ。

どうやら、この若い神様も、扶紀子が気に入ったらしい。

若い神様は、お祖父さんから教えられた通り、
時計の持ち主になった扶紀子のこれまでの人生を読み取って、
今の夢を確認した。

彼女の夢は、カフェをオープンすることか……

これは、知り合いの神様からも、昨今よくあると聞く夢だ。

だが、このご時世にその夢を叶えるのは、そんなに甘いことではない。

神様がちょっと応援したくらいでは、どうにもならない場合も多いのだ。

人間は、神様は万能で、願い事を叶えてくれるすごい存在だと
考えているようだが、それは大きな間違いだ。

神様にできるのは、あくまでも、見守ることと応援すること、だけ。

万年筆に宿っていたある神様が担当した男は、
「作家になるのが夢」だと言いながら、最後まで書き上げた作品は、
ただのひとつもなかったらしい。

そんなんじゃあ神様の方だって、応援のしようがないさ。

だが、この娘は違ったようだ。

そうか、このまだテーブルしかない場所が、
将来カフェになるんだな。

女の子の一人暮らしにしてはおかしな家だと思ったら、道理で……。

それから、昨日は、食品衛生責任者の講習を受けて来たのか。

ちょっと居眠りしたみたいだけれど、疲れていたんだろうなあ。

ああ、だけど、この娘はたったひとりで、夢に向かって頑張ってるのか。

ほら、こういう時にこそ、若い神様の出番だね。

置時計の中から神様の声がする。

よしっ、初仕事にかかるとするか。

カチコチカチコチカチカチカチカチカチ……

うっとりと時計を眺めていた扶紀子は、
突然スピードをあげて回り始めた時計の針に驚いた。

「え?何?これ、どうしちゃったの!?」

慌てて時計に手を差し伸べても、
いったいどうすればいいのか見当がつかない。

くるくると回る針を眺め、半泣きになったとき、

「そうだ!」

と気づいて、時計を買ったアンティークショップに電話をかけた。

電話の向こうの店員が、扶紀子の声に驚いて、こんな風に言っている。

「自分が今すぐそちらに伺って、時計を見せていただきます。
責任をもって修理しますから、どうそご安心ください!」

若い神様は、この店員の男がいい奴だということを知っていた。

置時計がアンティークショップに置かれていた間、
ずっと男を見ていたからだ。

少々頼りないところはあるが、
誠実で、仕事熱心で、心の優しい男だった。

置時計がこの店員のものになって、自分が応援してやれたら……と
想像をしたほどだ。

若い神様は、ひとりで頑張っている扶紀子には、
この店員のような男が似合うのではないかと考えた。

もうすぐあの優しい男が、扶紀子のところにやって来るだろう。
二人はきっと、気が合うに違いない。

それにあの男は……

おっと、話が長くなってしまったな。

え?その後二人はどうなったかって?

それは、君が想像してくれ。

とにかく、こんなふうに、大切にされている物の中には、
神様が居るってことさ。

ほら、今君が使っているその道具の中にだって……。

※よろしければ、続編の『置時計』もあわせてお楽しみください。

このストーリーは、この時計をイメージして書きました。


このショートストーリーは、大阪の時計店【ウオッチコレ】メールマガジン『ブリリアントタイム』に掲載されています。