Saya:ね、一番右端、上から二番目のいいと思わない?

Fumi:どれ?あ、Sayaが好きそうな色ね!

Hiro:ほんと^^ じゃ、Fumiはどれがいい?

Fumi:そーねー、Sayaが好きなのの隣、二段目の真ん中の、いいな♪

Fumi:5段目の左端も捨てがたいけど……

Hiro:私は一番上の右端!(^-^)g

モニターを見詰めながら、キーボードの上で指を躍らせる。

私たちは唇の代わりに指先を使ってお喋りをする。

インターネットのとある掲示板で知り合って2ヶ月と半月。

お互いの顔も本名も知らないけれど、毎晩のようにこうして会話しているうちに、それぞれのこと親友だと思うようになっていた。

いつものように雑談をした後、Hiroが突然提案をした。

Hiro:私たち、もうすぐ出合って3ヶ月になるわね、ね、皆で何か記念になることしない?

Saya:記念になることって?

Hiro:3人でオフ会とか?

Fumi:それぞれ住んでる場所が離れすぎてるわ。(笑)

Saya:確かにそれは難しいかも……

Hiro:じゃ、3人で何かお揃いのものを買うとか、どう?

Fumi:あ、それ、いいかも!\(^o^)/

Saya:うん、面白いね。^^

それから私達3人は、お揃いで買う記念品を何にするか話し始めた。

Fumi:バックなんてどう?

Hiro:いいかも。

Saya:ごめん、バック、あまり欲しくないの……

Hiro:じゃあサンダルは?もうすぐ夏だし♪

Fumi:あ、サンダルはちょっと……

Hiro:そう、アクセサリーっていうのは?

Saya:私、アクセサリーって殆どつけないの……

Hiro:そっかあ。

Fumi:そうだ、時計は?

Saya:あ、時計なら使える。

Hiro:うん、素敵!(^-^)g

買い物をするのは、もちろんネット上のショッピングサイト。

3人はそれぞれのパソコンに向ってめぼしいお店をいくつかリストアップした。

そして、その中からひとつのお店を選びだし、

今、モニターの半分に同じ画面を映し出しながら、チャットを続けていた。

あれやこれやと迷い、いつものように雑談を交わし合い、

あちこちに飛んだ話題が収束して、ようやく買うものが決まった時には、

すでに朝に近い時間になっていた。

3人はそれぞれ商品を注文し、また明日ね、と言い合ってパソコンのスイッチを切った。

光の消えたディスプレイを見詰めて、紗弥香は小さく溜め息をつく。

今日もまた2人に本当のことを言えなかった、と。

窓の外はそろそろ白み始めているだろうか?

けれど、これから明日の夕方まで眠るつもりの沙耶香にはあまり関係がない。

沙耶香は、2年前から学校に行かず、一日中カーテンを引いたこの自室だけで暮らすようになっていた。

バックもアクセサリーも必要がないのは、どこにも出かけることがないから。

今の沙耶香にとっては、HiroやFumiと友人関係にあること自体がちょっとした奇跡のようだと思う。

だから、最近はチャットの度に、自分のこの生活のことを2人に打ち明けたいと思うのだが、いざとなるとやっぱり言えなくなってしまう。

沙耶香はずっと敷いたままの布団に倒れこむとすぐに眠りに落ち、全てを打ち明けた2人と一緒にお揃いの時計をして街を歩く夢を見た。

「サンダル、か……」

パソコンデスクから離れるため、車輪を回転させながら、文子は小さく呟 いていた。

お揃いのサンダルを履いて、3人でどこかに行けたらどんなに素敵だろう?

車椅子からベッドに移動しながら、文子は動かない足を恨めしげに見詰めた。

こんな体になってしまったけれど、自分だってパソコンの中では自由に動きまわり、両足の揃った健康な女の子と同じようにいろいろなことを楽しめる。

だから、文子はあの2人にも、あえて足のことは話していなかったのだが、
最近、本当のことを言ってしまいたいと思うようになった。

あの2人ならばきっと、本当の私を受け止めて、

それでもずっと親友でいてくれるような気がするから。

オフ会の話は咄嗟に否定してしまったけれど、

本当のことをちゃんと話せば、3人で会うことだって夢ではないはず……

明るくなり始めた空を眺めながら、文子は3人でするオフ会のことを想像した。

モーター音が消えてすっかり静かになったパソコンの前で、裕美はクスリと一人笑いした。

“お揃い”かあ。

この自分とお揃いの物を持って、喜んでくれる人がいるなんて……。

それに、裕美が自分のお金で時計を買うなど、これが初めてのことかもしれない。

裕美は、去年、少年院から戻ったばかりの札付き不良娘だった。

どこから道を間違ってしまったのか、今となってはもう思い出せないが、
気づいた時には、学校で自分に普通に話しかけてくる人間は一人も居なくなっていた。

もちろん、担任の先生であっても。

時計だって、怯えた目の連中に「よこせ」とひとこと言うだけで簡単に手に入った。

だから、たまたま覗いてみたインターネットの掲示板でこんなふうに裕美と対等に話す友人ができるなど、予想もできなかったことだったのだ。

だが、自分のこの本当の姿をあの2人に話してしまったら、2人も他の連中と同じように怯えた顔をするかもしれない。

SayaやFumiとチャットするようになってから、裕美は盗みも恐喝もしていない。

もしかしたら、このまま普通の少女に戻れるのではないかとさえ思うことがある。

今夜注文した時計が届いたら、それをして久しぶりに学校へ行ってみようか?

怯えた目の連中にニッコリわらって「おはよう!」と話しかけたら、どんな反応をするだろう?

裕美はまたクスリと笑って深い眠りに落ちていった。

Fumi:ハイ♪

Saya:こんばんは^^

Hiro:ばんは!

いつものように、楽しいお喋りが始まった。

最近読んだ本の感想を言い合ったり、見つけた面白いサイトの話をしたり、他愛ない冗談を言い合ったりしているうちに、ふと小さな沈黙が出来た。

そして、三人のモニターにはほぼ同時にメッセージが点滅した。

Fumi:あの実はきいてほしいことが……

Saya:2人に話したいことがあるんだけど……

Hiro:あのね、今日は2人に言おうと思うことが……

三人がお揃いの腕時計をして街に繰り出す日も、そう遠くないかもしれない。


このショートストーリーは、大阪の時計店【ウオッチコレ】メールマガジン『ブリリアントタイム』に掲載されています。