天気予報なんて当てにならないと思った。

あんなによく晴れていたし、降り出すのは夜になってからのはずだったのに。

珈琲を飲み終えた店で足止めをくらうことになって、仕方なくもう一杯注文をした。

窓ガラスには、みるみる雨粒が張り付いていく。

キラキラ光る水の珠は、丸く膨らんで下に流れ落ちる。

綺麗な宝石をつないで、ネックレスを作っているようだと思った。

「オス!」

ノーテンキな声に振り向くと、そこにはユタカが立っていた。

コートの肩はベタベタで、髪からは滴が垂れている。

雨の中を走ってきたらしい。

それなのに、服を着たまま水遊びでもしてきたように見えるのは、彼がニコニコと笑っているから。

「こんな所で会えるとは思わなかったなぁ。嬉しいなぁ」

豊が無邪気に白い歯を見せた。

 

ピピッピピッピピッ……

また同じ夢を見た。

「はぁ…」

朝からため息が出てしまう。

それは、6年前の出来事。

ユタカと私が付き合いはじめるきっかけになった雨の休日の夢。

私と一緒にいる時のユタカは相変わらずノーテンキだけれど、実はかなり優秀だった彼は、
今、有名商社の有能なビジネスマンとして、その前途を嘱望されている。

それに比べ私ときたら、電器機器メーカーで、ごく普通のOLとして、ルーティンワークに浸かっていた。

そろそろ上司の視線が冷たくなってくる年齢で、「結婚」の二文字を意識するようにもなった。

けれど、仕事がどんどん面白くなっている彼の方は、それどころではないようで、
最近ではデートの回数もめっきり減った。

しかも、誘うのはいつも私で、断るのはいつもユタカ。

ユタカの強引なアタックで始まった交際だったのに、いつの間に立場が逆転してしまったのだろう?

窓ガラスで光る雨と、白い歯で笑うユタカの残像を振り払い、
会社に出かける支度にかかった。

 

ダンッ!ダダッ…ダダダダダダダ……

締め切られた窓の外、遠くで銃声が響いている。
こんな日がくるなんて、誰が想像していただろう。

「戦争」は、ゲームの世界のお話か、どこか遠い他所の国の出来事のはずだった。

けれど……

大国の大統領が仕掛けた小さな国への攻撃は、
世界中を巻き込んで、地球を二分するような大戦へと発展した。

大国が目的を達成し、すぐに収束するだろうと思われていた戦火は
意外な方向に進み、あちこちに飛び火して、大勢の人が爆弾の雨に泣いた。

まさか、自分のこの耳で、本物の銃声を聞くことになろうとは。

銃の音に別の音が混じる。

雨が降り出したようだ。

埃っぽい街が、これで少しは洗われるかもしれない。

窓を叩く雨の音に、宝物のように大切な記憶が呼び起こされる……

キラキラと光る雨の粒と、白い歯を見せたユタカの笑顔。

「ユタカ……」

彼の消息がわからなくなって、もうどれくらいになるだろう?

この国でも戦火が上がった時、ユタカは仕事で海外にいた。

電話はすぐに繋がらなくなって、その後連絡は取れなかった。

雨足はどんどん強まっている。

銃声が止んで、雨の音だけが続いている。

ドンドンドンドン!

ドアを強く叩く音に振り向く。

「オス!」

!?
こんな状況だというのに、なんというノーテンキな言葉!

ドアに駆け寄り慌てて鍵を外す。

細く明けたドアの向こうに、滴を滴らせた白い歯の笑顔。

「ユタカ!!」

「会いたかったよ!嬉しいなぁ。また会えるなんて。本当に嬉しいよ……」

冷たい体はベタベタに濡れて、髪からも、袖からも、滴がしたたり落ちている。

逞しい腕の中で見上げた瞳からひときわ大きな滴が流れて、

私の胸元に落ちた。

肌の上で丸くなった滴は、まるでネックレスのように、キラキラと光っていた。


このショートストーリーは、大阪の時計店【ウオッチコレ】メールマガジン『ブリリアントタイム』に掲載されています。