「ねえ、聞いた?」

「え?何を?」

「今日は部長のおごりで飲み会ですって!昨日競馬で大穴当てたらしい
わよ」

「まあ、気前がいい部長らしいわね」

「有志は全員連れて行ってしゃぶしゃぶですって。思いっきり食べましょ
うね」

社員食堂で部長からの伝言を触れ回る同僚に、私も参加の意思を伝えた。

けれど、終業間際に入ったクレーム電話の応対で定時に切り上げそびれた私は、
仲間たちを見送って、後から追いかけることを約束した。

仕事を終えてコートを羽織り、鞄に手をかけた時、営業部の高橋くんが駆け込んできた。

困った表情の彼に事情を尋ねると、我侭な客に、明日朝一で商品リストの見積もりを持ってきて欲しいと言われ、
データ入力を手伝ってくれる人を探しに来たという。

私は、今羽織ったばかりのコートを脱いだ。

チャンス!

実は、入社依頼ずっと高橋くんのことが好きだったのだ。

部長のおごりで食べるしゃぶしゃぶはもちろん魅力的だけれど、
ずっと好きだった高橋君と二人っきりでする残業には敵わない。

たとえ、それがパソコンに向かってデータ入力するだけの時間であったとしても、だ。

好きな人と一緒に過ごせる時間は、私にとって、とても輝かしい時間だから。


このショートストーリーは、大阪の時計店【ウオッチコレ】メールマガジン『ブリリアントタイム』に掲載されています。