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  1. ショートストーリー

飴玉

武夫は焦っていた。
転職第1日目だというのに、事故渋滞に巻き込まれ、就業時間に遅れそうなのだ。

安泰だと思っていた会社が潰れ、不安を抱えて過ごした半年間。

ようやく再就職が決まって、妻の笑顔に見送られながら意気揚々と出かけて来たというのに……

「くそっ」

動かない車にイライラしながら、会社に連絡を入れようとダッシュボードの携帯に手を伸ばした時、
カップホルダーに飴玉の入ったガラス瓶があるのに気づいた。

飴でも舐めて落ち着いてからにするか。

武夫は瓶に手を伸ばし、中でキラキラと光っているガラス玉のような飴を取り出そうとした。

ソーダ味だろうか?美しく透き通った飴玉はこれまでに見たことが無いものである。

武夫は瓶の注意書きを読んでみた。

【この飴は一粒が一時間です。一人一粒しか食べられません。】

一粒が一時間?

おかしなことが書いてあるなあと思いながらも、
妻がおもしろ半分にどこかで買ってきたのだろうと考え、飴を一つ口に入れた。

甘くほんのりとすっぱい味が口いっぱいに広がると同時に、
なんとも爽やかな香りが漂ってきて、さっきまでのイライラはあっという間にどこかに吹き飛んだ。

焦ったところでどうしようもないじゃないか。
会社には正直に事情を説明して遅刻することを謝ればいい。

スッキリとした気分で携帯を手に取った武夫は、
その液晶画面に表示されている時刻を見て驚いた。

まだ就業時刻に十分間に合う時間である。

咄嗟に確認した腕時計の針も、携帯と同じ時刻を指している。

117で確かめても、武夫の時計に狂いはなかった。

そうこうしているうちに事故車両を通過して、車はまた快適に走りだした。

キツネにつままれた気分で会社に到着し、部屋のドアを開けて挨拶をすると、
新聞を広げていた部長が武夫に笑顔を向けた。

「おはよう、山田君!初日からやる気十分だね。
まだ就業時刻までにはずいぶんあるから一緒にコーヒーでも飲まんかね?」

「はい、いただきます」

武夫は清々しい気分で返事をしながら、
帰ったらあの飴の瓶を妻にも見せてやろうと考えていた。

けれど、飴の瓶はもう武夫の車から消えていた。

――――とある部屋の中――――

「ご決断を!」

彼は、国の未来を左右する重大な判断に迫られていた。

長い間守られてきた、平和的な決まりごとを破るような決定についての判断である。

「さあ、ご決断を!」

国民、というよりは現政府にとっての利益と、力ある国のトップを喜ばせるために、
とうとう、彼は決断をした。

もちろん、喜んでのことではない。
彼なりに悩み苦しんでの決断だった。

これで良いのだ。
自分自身にそういい聞かせても、いやな汗が額を湿らせていた。

彼の決断を聞いて、側近達が慌しく部屋を出て行った後、
彼は大きな溜め息をついた。

ふと、先ほどまで側近達が着いていたテーブルを見ると、
そこに小さな瓶が置いてあるのに気づいた。

中にはキラキラと光る透明の飴玉のようなものが入っている。

甘い飴でも舐めればこの疲労感も癒されるだろうか?

彼は立ち上がって瓶のあるテーブルに向かった。

瓶を手に取り、注意書きを見るとおかしなことが書いてある。

まったく、今の世の中はおかしなことばかりだ。

彼は半ば投げやりな気分で、苦笑しながら瓶の蓋を開け、
中のひとつを口に放り込んだ。

すると……

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