※このストーリーは、「神様が居る!」を先にお読みいただくとよりお楽しみいただけます。

一目惚れだった。

冷たい木枯らしが吹き、低く垂れこめた雲が空を覆っていたある日、
彼女が初めて店に来た。

冷気に肩を小刻みに震わせながらも、
ウインドウに飾った置時計の前から離れようとしない。

白いセーターが良く似合っていて、まるで子ウサギのようだった。

それからも、時々、彼女はウインドウの前に立ち止まり、
じっと置時計を眺めていた。

僕は彼女に店の中まで入ってきてほしくて、
置時計の場所を、店の一番奥に替えた。

いつものようにウインドウの前で立ち止まった彼女は、
驚いた顔であたりを見回し、
ようやく、ドアを開けて店の中に入ってきてくれた。

きょろきょろと店の中を見回して、
あの置時計を見つけた彼女は、
嬉しそうに微笑むと、
置時計と、その近くのレジにいる僕の方に近づいてきた。

近くで見る彼女は、ウインドウ越しに見た彼女より
もっと可愛らしかった。

置時計をしばらく見つめた後、
ようやく僕の存在に気付いた彼女は、
ちょっと恥ずかしげな様子で、

「売れてしまったのかと思いました」

と言った。

「その時計を気に入ってる人、けっこう多いんですよ。

でも、ほら、その値段だから……」

僕は少し笑って見せた。

彼女もつられて少し笑った。

ほんの一言だったけど、とうとう彼女と話すことができて
ものすごく嬉しかった。

僕は彼女が店を出て行くとすぐに、売約済みの札を
置時計の前に置いた。

もちろん、彼女以外の誰かがこの時計を買ってしまわないように。

それからも彼女は時々店にやってきて、
しばらく置時計を眺め、
僕とほんの少しだけ話した。

3ヶ月が経ったとき、彼女がとうとう置時計を買った。

代金を支払った彼女に、

「もし時計に何か問題があれば、ここにお電話ください」

と言って、店の電話番号を渡した。

もう、彼女がこの店に来ることはないかもしれない。

店を出て行く彼女の背中を見ていたら、
不覚にも涙が出そうになった。

だけど、満面の笑みで時計を抱える彼女を思いだして、
これで良かったのだと思った。

彼女の後ろ姿が見えなくなると、
僕はすっかり気が抜けてしまった。

どれくらい経ったろう?
電話のベルが鳴っていた。

慌てて取った受話器の向こうから、
もう一度会いたい彼女の声が聞こえてくる。

時計の針が、急に早く回りだしたと言って、慌てている。

そんな馬鹿な!と思ったけれど、
これは神様がくれたチャンスかもしれない。

僕は、時計の修理を習っておいて良かったと心から思いながら、
今にも泣き出しそうな彼女に向かって力強く言った。

「自分が今すぐそちらに伺って、時計を見せていただきます。
責任をもって修理しますから、どうそご安心ください!」