あっ……

久しぶりにつけたイヤリングが片方だけ無くなっていることに気づいたのは、帰りの電車の中だった。

「はぁ」

思わず小さなため息が出る。

髪を短く切ってしまったら、ウインドウに映った耳たぶが寂しげだったので、

友人との待ち合わせ前にイヤリングを衝動買いした。

1日と経たないうちに、片方だけになってしまうなんて……。

残ったイヤリングを外しながら、昔、そんなイヤリングをたくさん集めて、

宝物にしていたことがあったのを思い出した。

当時、まだ学生だった私は、社会人だった恋人に合わせて、
少しでも大人びて見えるよう、精一杯背伸びをしていた。

ある日、流行のショートカットを試したら、
丸見えになった耳たぶがなんだか恥かしくて、
デートの前にイヤリングを買った。

「とても良く似合うよ」

彼に誉められて上機嫌だったのだけれど、
デートの後家に戻って、片方落としてしまったことに気づいた。

どこで落としたのだろう?

と考えながら、恋人と別れ際にした激しいキスを思い出した。

今会ってきたばかりなのにまた電話して、

「会いたいね」

と言い合った。

片方だけになったイヤリングは、

熱いキスの思い出と一緒に宝石箱に入れられて、

その後幾度も、同じことが繰り返された。

私の髪が長く伸びて、

イヤリングをつけても見えなくなって、
片方落ちても気づかないほどのキスをすることなど無くなるまで……。

そういえば、ショートカットにしたのは久しぶり。

イヤリングを買ったのも、すごく、久しぶり。

最後にキスしたのはいつだったっけ?

さっきついたため息は撤回して、
このイヤリングは捨てないで、しばらく持っていようと決めた。

春には、新しい恋が始まるかもしれない。


このショートストーリーは、大阪の時計店【ウオッチコレ】メールマガジン『ブリリアントタイム』に掲載されています。