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  1. ショートストーリー

昔は良かった

「昔は良かったな……」

ふと出た自分の言葉に驚く。

おやじのそんな口癖を嫌っていたのは20代の頃だったか。

それにしても、大変な時代になったものだと思う。

もしもおやじが生きていたら、今の世の中をどう思うだろう?

おやじがあの世に行った後、急速に発展した予防医療は、
この世から死に至る病を消した。

今や病気で死ぬ人間などいない。

そして、昔からは考えられないほど高い水準に達した安全技術で、
昔起きていたような事故も全く起こらなくなった。

試行錯誤されて成熟した社会制度は、歳をとっても変わらず働ける世の中を作りあげた。

かつて心配されていた、食糧危機も、土地不足も、核問題も、
知恵と努力で乗り切った人間は、人類が長く熱望していたユートピアを作り上げた
……かのように思われた。

しかし、自然の地ではない場所で、計算し尽くされた食事を摂り、
危険の全くない暮らしをすることが、果たして本当に幸せか?

そんな疑問が頭をよぎるのは、俺が、まだ病気も事故も心配事もあって、
天然食糧を食べていた時代を知っている最後の世代だからかもしれない。

おやじに会いたいな、と思いながら、
若い頃に食べた焼肉とはまったく別物のヤキニクを食べていると、
友人から3Dメッセージが届いた。

「食事時に申し訳ないが、真っ先にお前に伝えたくて……」

紅潮した顔で話し出した友人のバーチャルイメージが、
ようやく金が溜まったので病院に行けるのだと言った。

「本当か?!」

俺は思わず聞きかえした。

「ああ、明日、行ってくるよ。
先に行って待ってるからお前も早く来いよ!」

「分かった。早く続けるよう頑張るよ!」

笑顔で手を振る友人を見送って、俺はため息をついた。

やっぱり、昔は良かったな。
誰の人生にも、終わりが自然にやってきたのだから。

今や人生の終焉は、金で買う時代になり、
死ぬためには大金を貯めて病院に行かなくてはならない。

先週174歳になった俺は、明日も早朝から仕事に出かける。

一日も早く金を貯めて、おやじの所に行けるように……。

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