ジリリリリリリ!

けたたましいベルの音に飛び起きた彼は、まだ半分しか開いていない目で、特製時計の文字盤を見た。

彼が持っている1年時計の金色の針は、赤いしるしを指していて、今日が特別な日であることを知らせている。

「もう当日か、早いなあ……」

大きな体をベッドから押し出しながら、小さなあくびをひとつして、自慢の髭をつるりと撫でた。

彼が自分で仕事をするのは1年に一度だけ。
けれどそれはとても重要な仕事で、なおかつかなりの重労働。
そして、なにより、彼だけにしか出来ない仕事だ。

大勢の部下たちが半年がかりで準備した資料に目を通し、
今夜の仕事の段取りをして、最後の準備を整えるうち、あっという間に夜が来た。

今夜は特に冷えるようだ。

彼はたっぷりとファーのついた赤いカシミヤのコートを羽織ると、
特製の乗り物に乗って、夜の街へと出て行った。

シャンシャンシャン……

彼の乗り物が奏でる美しい音が遠ざかるのに気づいた部下が、
慌てて彼を呼び止めようと、大きな声で叫んでいた。

「社長、お待ちください!この時計、1ヶ月ほど進んでいます!
まだ12月になっていません!社長!社長……」


このショートストーリーは、大阪の時計店【ウオッチコレ】メールマガジン『ブリリアントタイム』に掲載されています。