学校から帰ってきた娘が、ランドセルも下ろさないまま、
私に駆け寄ってきて、嬉しそうに言った。

「あつし君がね、これ、くれたの」

「どれ?」

娘の手の中にある、紙の切れ端のようなものをつまみ上げると、
それは小さな輪になっていて、
片側には赤鉛筆でぐりぐりと塗りつぶした赤い丸があり、
反対側には、みみずのはったような鉛筆の文字が書いてある。

「これ、なあに?」

思わずそう聞いてしまうと、娘はちょっと不満げな顔をして、

「指輪にきまってるでしょ!」

と怒鳴った。

ああ、指輪……。

言われてみれば、赤丸はルビーかなにかのつもりなのだろう。

「じゃあ、これは、なんて書いてあるの?」

鉛筆の文字を娘に尋ねると……

今度はちょっと赤くなって言う。

「あいらぶゆーよ。はずかしいから言わせないで」

そして甘えた表情で続けた。

「ねぇママ、バレンタインにあつし君にあげるチョコレート買ってもいい?」

なるほど、一番言いたかったのはそれねと納得して、

「オーケー!美味しいチョコを買ってあげるわ」と約束をした。

ようやくランドセルを置きに行こうとした娘が、
途中でもう一度駆け寄ってきて、

背伸びして私の耳に顔を寄せて、ひそひそ声で、

「あつし君ね、大人になったら本物買ってくれるんだって」

と、さっきよりもっと赤くなりながら言った。

私は、ほんの少し前まで赤ちゃんだったはずの娘が、
そんな約束をするほど成長したことに驚いた。

と同時に、たぶん履行されることはないであろう気の長い約束に、
全身で喜びを表現している娘の幼さが、愛しくてたまらなかった。

鼻歌まじりにランドセルを下ろす娘を見ながら、

娘のこれからの人生にたくさんの「あいらぶゆー」があることを願った。


このショートストーリーは、大阪の時計店【ウオッチコレ】メールマガジン『ブリリアントタイム』に掲載されています。