「お前そんな時計使ってんのかよ、だっせーなあ」

「うっせーな、ほっとけ!」

この春から大学に通う男にとって、文字盤にアニメのキャラクターが着いたその時計は、確かにかなりダサいと思う。

でも、この時計は……

5歳の時に両親が離婚して、僕は父親に引き取られた。

仕事が忙しい父親に代わって僕を育ててくれた祖母は4年前に亡くなり、
中学時代の後半からは殆ど一人暮らしのように過ごした僕は、最近よく母の夢を見る。

しっかり握った僕の手を、父に無理やり離されて、泣きながら小さくなっていく母の夢。

どういう事情があったのか、写真さえ残っていない母の顔を、

僕はもう思い出すこともできなくて、ただひとつだけ残っているのが、
最後に母と出かけた時に買ってもらったこの腕時計。

母のことについて頑なに口を閉ざす父は、決して居場所を教えてくれず、
この時計だけが、僕と母を繋ぐたったひとつの手がかりになっている。

だから、僕は、母と偶然出会う奇跡を信じて、
成長した僕を母がちゃんと見つけられるように、毎日この時計を着けている。

友人達にアニメおたくだと思われるくらいは仕方のないことだ。

よく晴れた空が眩しい春の朝、出かける仕度を済ませた僕は、いつものように時計を着けた。

立ったまま牛乳を飲みながら時間を見ると、まだ少し早い。

テーブルについて2杯目の牛乳を飲み、
新聞を広げていくつかの記事を拾い読みしてから出かけた。

ところが、駅に着くといつもの電車は既に発車していて、
時計が少し遅れていたことに気づいた。

「ちぇっ」

おもちゃのような時計でも時間はいつも正確で、
これまで遅れたことなど一度もなかったというのに……

正しい時刻に直そうと駅の時計を確認した時、構内にアナウンスが響いて、
今乗るはずだった電車が脱線事故を起こしたことを知った。

バスで着いた学内は、事故の話題で持ちきりで、
だんだん明らかになる被害の大きさに愕然とした。

もし、この時計が遅れていなかったら……

その夜、僕はまた母の夢を見た。

泣きながら遠ざかる母の顔が、一瞬、ほっとしたように微笑んだ。

母の愛と奇跡を信じて、僕は明日もアニメの時計を身に着けるだろう。


このショートストーリーは、大阪の時計店【ウオッチコレ】メールマガジン『ブリリアントタイム』に掲載されています。