「逢瀬が浜……ねぇ」

さびれた海水浴場を見回しながら、美也子がからかうような口調でつぶやいた。

「写真ではもっと立派な浜辺に見えたんだよ。
それに、ここにはロマンチックな言い伝えがあるって聞いて、きっと美也子が喜ぶと思って……」

翔太は明るい声を出そうとしたが、最後まで続かずに尻すぼみになって下を向いた。

海の水は綺麗だったが、ここは恋人を連れてくるにはあまりにも田舎臭い浜辺だった。

浜にいるのは、畑仕事の帰りにふらっと立ち寄ったような麦藁帽子のおじいさんと、
犬を連れた太ったおばさん、それからヒョロリとしたオヤジの横で豪快にビールを飲み干す大柄の女性、
あとは子供を連れた家族連れが数組だけ。

鮮やかなオレンジ色のビキニに透ける素材のキャミソールドレスを着た美也子は、あまりにも場違いだった。

ツンと上を向いた形の良いバストの下でまだ焼けてない腕を組んで辺りを見回し、
これからどうしたものかと考えるような顔をしている。

「でも、さ、せっかくここまで来たんだし、少し泳ごうよ」と言いながら
翔太は手早くパラソルを準備した。

そうだ、喉乾いたろう?僕、そこの売店で何か冷たいものでも買ってくるよ!」

そして、バツの悪い空気をなんとかしようと、浜にただ一軒だけ立つプレハブの売店に向かった。

売店の中は思ったよりもずっと小奇麗にしてあって、
この浜にはちょっと似つかわしくないくらいきれいな顔をした男が店番をしていた。

「ええっと、コーラを2本ください」

そう注文した僕の顔をちらりと見た男は、
「はいよ!」と気持ちの良い返事をして、よく冷えた瓶を2本差し出した。

支払いを済ませて美也子の所に戻ろうとした時、
店の入り口にある小さなカゴの中で何かがキラリと光るのに気づいた。

立ち止まって中身を確かめようとした翔太に、男が、
「おにいさん、それは逢瀬が浜でしか買えない特別な指輪だよ」と声をかけてきた。

翔太が立ち止まって貝殻モチーフの細い指輪を手とると、
男が指輪の言い伝えを話し始めた。

この浜の先にある町には、かつて全寮制の女子学校があって、
その学校の生徒たちは男女交際を厳しく禁止されていた。

昔はまだ海水浴場になっていなかったこの浜辺は、
そんな女子学生が男の子とこっそりデートする絶好の場所だったので、
この浜はいつしか逢瀬が浜と呼ばれるようになった。

ある女子学生が隣町の男子学生と恋に落ち、慣例通り、ここでデートを重
ねたが、男子学生の就職が決まって離れ離れになることになった。

男子学生は最後のデートで女子学生との再会を誓い、
約束のしるしにと、貝殻で作った指輪をプレゼントした。

翌年の夏の約束の日、女子学生はずっと逢瀬が浜で彼を待ち続けたが、
彼はとうとう現れなかった。

実は、車でこの浜へ向かう途中、強いカーブでハンドルを切り損ね、
崖から海に落ちていた。

夕方が近づいて潮が満ち、何も知らずに待ち続ける女子学生のすぐ足元まで波が打ち寄せた。
彼女が立ち上がって浜を去ろうとしたその時、波がキラリと光るものを運んできたことに気づいた。

それは、去年、彼が貝で作ってくれのとそっくり同じデザインの、金色に光る指輪だった。

「海に落ちた男の人はどうなったの?」という声に振り返ると、
遅いのを心配してやってきた美也子がすぐ後ろにいた。

「さあ……。でも、この指輪が恋人達のお守りになることだけは間違いありませんよ」

白い歯を見せた男を、小屋の奥から誰かが呼んだ。
近づいてきた声の主は、大きなおなかを抱えた美しい女性だった。

「いらっしゃいませ」

にっこりと微笑んだ女性の指には貝の形をした金色の指輪が光っていた。

翔太は慌てて財布を取り出すと、「これください」と言って手に持っていた指輪を差し出した。

翔太を見上げる美也子の指にそれをつけると、肩をぎゅっと引き寄せて、
冷えたコーラを飲みながらパラソルに向かって歩きだした。

二人の後姿を見送った店内で、男は妻の肩に優しく手を回した。

見詰め合って微笑みを交わした後、二人はすっと消えて行った。