シューシューと湯気を上げるヤカンをぼうっと見つめながら、
今日は寒いナ。なんて思っていたら……

ガラガラガラガラドンドドッガラン。

どこか遠くで瓦礫が崩れるような音がした。

あわててコンロの火を止めて、リビングの方に行ってみる。

窓の外を眺めても、別にいつもと変わった様子はないし、
つけたままのテレビでは、上半身裸のお笑いタレントが踊っているから
あんな音が出るような番組ではなさそうだ。

いったい何の音?

気にはなるものの、部屋の中にも、部屋から見える景色にも、
特に変わった様子はない。

ま、いっか。

せっかくお湯を沸かしたからコーヒーを淹れて、
ついでなので、昨日買ってきたクッキーの箱を開けた。

あんまりおもしろくないお笑い番組をぼうっと見ながら、
何枚目かのクッキーを口に入れたとき……

ドンガラゴロゴロガラガラガラ。

また、さっきとよく似た音がした。

何?

今度は間違いなく、はっきりと、何かが壊れて崩れる音だ。

ちょっと怖くなって、リビングを飛び出し、お風呂場やトイレも
覗いてみたが、いつもと変わったことはなかった。

それからも、その音は頻繁に私を襲った。

それは、家でぼうっとしている時によく聞こえたが、
時には、友人と会っておしゃべりをしている最中や、
夫の実家で義母の手料理をいただいている時にまで聞こえるのだった。

念のため、耳鼻科でも調べてもらったが、耳には何の異常もなかった。

音は、それほど大きなわけではないし、頻繁に聞くようになると
慣れてくるので、驚くこともなくなったが、原因はわからなかった。

そんなある日のこと。

うっかり話を聞き始めてしまった化粧品のセールス電話を、
うまく切ることができなくて困りながら、
やだな、こんなことしてるのは時間がもったいないなと、
そう考えた瞬間……

ドン!ガラガラグワッシャーンドカン!

これまでになかった程の大音量であの音が聞こえて、
驚いた私は反射的に受話器を電話に戻してしまった。

と同時に、音の正体にハッと気づいたのだ。

それは、間違いなく、「時間」が崩れ去っていく音。

思い返してみれば、あの音が聞こえたのはいつも、

時間をムダにしているとき。

疲れているわけでもないのに、ただぼうっと過ごしていたり、
面白くもないテレビをなんとなく見ていたり、
楽しんではいないおしゃべりをいつまでも続けているとき。

主婦になって3年。
優しい夫はいつも忙しくて不在がちだ。

私は平凡で気楽な主婦の暮らしにすっかり慣れきって、
時間が毎日流れていることさえ、忘れていたのかもしれない。

そういえば、最近は、何かに夢中になることも、
一生懸命取り組んで、充実感を感じることも、なくなっていた。

結婚前に趣味で描いていた油絵の道具も今は埃をかぶっている。

大切な時間を、自分の手で壊しながら、
毎日を生きていたのかもしれない。

そうだ!もう一度、絵を描いてみよう!

道具もそろっているのだし、自由な時間はたっぷりとある。

今日は道具を全部手入れして、明日は久しぶりに美術館に行こう。

カレンダーの空欄に「美術館」と書き込んだら、
なんだかもうわくわくしてきて、思わず小さな笑みがこぼれた。

その時……

キラーンシャラシャラシャラララ

なんとも耳に心地良い音が、どこからともなく聞こえた。