「雨、ふってきちゃったね」

「ふってきちゃったね」

スーパーの出口に立ったまま、どうしようか考えた。

春の天気は変わりやすい。

家を出る時はよく晴れていたから、傘なんか持ってこなかったのに。

「天気予報、ちゃんと見てこれば良かったね」

「うん、よかった……ね?」

娘はまた、私の言葉を繰り返す。

今年、9歳になった娘。

親が言うのもなんだけど、可愛い顔をしていると思う。

でも、頭の発達が普通の子より少し遅い。

しばらく雨が降るのを眺めていたけれど、止みそうにないし、
春の雨は冷たくないから、思い切って歩き出すことにした。

家に着いたらすぐに着替えればいい。

「なっちゃん、いこっか?」

「うん、いこっか?」

娘の手を取って、雨の中に踏み出した。

滴が顔にも降りかかるから、つい、早足になって、
娘の手をひっぱってしまう。

「あ!」

しばらく無言で歩いていたら、突然、娘が立ち止まって言った。

「いっしょ」

「え?何が一緒なの?」

娘の視線の先を辿って、ふたりが繋いだ手を見ると、
娘の手のくぼみに乗った、雨の滴が小さな玉になっていた。

私の指輪が反射して、宝石のように光っている。

「なっちゃんの指輪、綺麗ね」

「きれいね」

繋いだ手をそうっと止めて、ふたりで雨の宝石に見入った。

新しい雨の滴が重なって、金色の輝きが、ゆっくり流れ落ちるまで。

もう、先を急ぐのはやめよう。

「ビショビショになっちゃったけど、ま、いっか」

「ま、いっか」

娘と一緒に、ゆっくりと歩いて行こう。

春の雨は、あたたかい。


このショートストーリーは、大阪の時計店【ウオッチコレ】メールマガジン『ブリリアントタイム』に掲載されています。