「下手な考え休むに似たり」
父はよく、ぼんやりと考えごとをしている私を見ると、そう言ってからかった。

その度に「失礼ね!」と口を尖らせたものだったが、今は、父が言う通りだと思う。

12年前の年賀状が母に投函されてしまってからずっと、
善後策を考えているけれど、名案が突然浮かぶわけもない。

ボーっとしているようにしか見えない私の様子は、
それこそ、休んでいるよりもっと役に立たない状態だった。

「はぁ… 」

またため息が口をついた時、ライティングデスクの引き出しがガタガタを動いた。

何?

ギョッとして振り返った私は、そこに見えるはずなど無いものを目にして、
考え事をし過ぎたせいで頭がおかしくなってしまったかもしれないと心配になった。

子供の頃から何度も見たことのあるそのずんぐりむっくりとした体、
特徴のあるダミ声……

引き出しから体半分を突き出しているのは、まぎれもなく、
あの、“ドラえもん”だった。

う…そ。

人は本当に驚いた時、声を出すことすら忘れるというのは本当のようだ。

「あれ、おかしいなア」

ドラえもんは短い手で頭をかきながら、ちょっと困った顔をしている。
私に気づくと、テレビの中からしか聞こえたことのなかった、あのフレーズを口にした。

「ボク、ドラえもん」

うわー!言った!!

一瞬、自分の置かれた異常な状況さえ忘れ、手放しで嬉しくなってしまった私は、
やっぱり大人になりきれていないのかもしれない。

「君は誰?」

ドラえもんは、
自分が未来においてポピュラーに実在するロボットだということ、
その容姿は、大ヒットした20世紀のマンガを元に形づくられていること、
彼の時代には、いくつもの細な規則を覚え、訓練を受けて免許を取れば
「タイムマシーン」を操縦することができること、
ただし、その操縦はきわめて難しく、今回のように本来行きたかった所とは
別の場所に飛び出してしまうことも決して珍しくないことなどを、
のび太君にひみつ道具の説明をするときと同じように教えてくれた。

驚きが納得に代わると、「渡りに船」とはまさにこのことと、
さっきまでの消沈した気分が晴れ始めた。

「ねえ、ドラえもん、お願いがあるの。私をそのタイムマシンに乗せてくれない?」

彼のタイムマシンに乗せてもらって、母が年賀状をポストに投函する前の時間
まで戻ろうと考えたのだ。

いや、どうせならば12年前に戻って、リアルタイムであの葉書を投函するほうがいいかもしれない。

とんでもないお願いをされて、頭をかきながら考え込んでいるドラえもんを横目に、
私は、人生をやりなおせるかもしれない期待に大きく胸を膨らませ、
体はすでにタイムマシーンの乗り口へと向っているのだった。

『タイムマシン 最終話』に続く