「あの日のあなたったら、本当に積極的だったのよ。
急に話しかけてきて、強引に食事に誘ったんだから。」

玲子はクスリと笑いながら言った。

「俺だってあんなふうに知らない女性に声をかけたのは、
後にも先にもあれ一回切りだよ。完全にどうかしてたね。」

隆も笑いながら言った。

「やっぱり、これのおかげだったのかしら?」

玲子は一瞬真顔になって、そう呟いた。

「そうだったのかもな……」

隆も手元の時計を見ながら、真顔でそう答えた。

玲子と隆の腕にあるのは、お揃いのアンティークウオッチ。

ブランド名もいつのものかもわからないけれど、
凝ったデザインの美しい時計で、
二人ともこの2つの他には、同じ時計をまだ一度も見たことがなかった。

玲子が時計を買った店の主人によれば、
この時計には、運命の恋人たちを引き合わせる不思議な力がある
といういわくがついていたという。

本気にしたわけではなかったけれど、
夢を買うつもりで時計を買った玲子の前に現れたのが、
同じ時計を着けた貴志だった。

3年間の恋人時代を経て、幸せな夫婦として暮らす二人は、
今、それぞれ、意外な人から時計を譲って欲しいと頼まれていて、
どうしたものかと考えていた。

貴志の時計を熱望しているのは、出張したアメリカで会った、取引先の重役で、
時計を一目見て気に入ったらしく、いくらでも出すから譲って欲しいと言っている。

玲子に時計をせがんでいるのは、バツイチの友人で、
玲子のした不思議な話に第二の人生をかけたいと泣きついてきたのだ。

アメリカの大きな会社の重役と、
日本の片田舎で暮らす、子持ちのバツイチ女性には、
接点などまるでないはずだけれど……

玲子と貴志は横でスヤスヤと眠っている可愛い息子に目をやった後、
もう一度しっかりと見つめ合って、決心したように頷いた。

二人が出会ってから6年。

もうそろそろ、次の誰かが不思議な物語の主人公になる時なのかもしれない。


このショートストーリーは、大阪の時計店【ウオッチコレ】メールマガジン『ブリリアントタイム』に掲載されています。