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季節やイベントに合わせたコンテンツを集めたぺージ

Happyの予感, ショートストーリー, バレンタインデー, 恋するキモチ

「私が20代の頃は……」

無意識のうちにそんなフレーズが出るのは、歳をとった証拠だと分かっている。
それなのに、ふと気づくとまた、そんなことを考えていた。

その頃、世の中はバブル景気に沸いていて、
名門女子大の学生だった私たちは、ずいぶんちやほやされたものだ。

電話一本で迎えに来てくれる男友達や食事を奢ってくれる男友達がいるのは当然で、
ゴルフをやってみたいと言ったら、ゴルフセット一式をプレゼントしてくれた男友達までいた。

でも、それは、私が特別だったわけじゃなく、単にそういう時代だったから。

それに引き替え、今はなんて……

視線を投げた机の上には、若い男とのツーショット写真。

半年前から付き合っている一回り年下の彼は、
2年前に大学を出て、就職できないままフリーターをしている。

当然、私を迎えにくる車もなければ、食事に連れて行ってくれるお金もない。

まして、ゴルフなんて、この先一生行けないかもしれない。

それでも、惚れた弱み、年上の哀しさで、私は電車で彼のアパートに通い、
毎晩夕食を作って、バイトから戻る彼を待っている。

今日は2月14日。
世の中はバレンタインデーで、私にとってはバースデイ。

20年前の今頃は、都内のホテルのスイートルームで、
恋人とザッハトルテを食べながら、モエ・エ・シャンドンを飲んでたっけ。

窓から見下ろした夜景が、本当に綺麗だった。
今となっては夢のようにスイートな思い出だ。

彼はここのところ毎日帰りが遅いし、週末も休んでいない。

今夜も遅くなるのだろうか?

「先輩が怪我をしたから、代わりにシフトに入ってるんだよ」
そう言っていたけれど、本当かどうかわからない。

「私が20代の頃は……」なんていう話ばかりする年増の女は、
もうすぐ振られるのかもしれない。

なんだか悲しくなってきて、涙がこぼれそうになったとき、
玄関のドアが勢いよく開いた。

「待たせてごめんな! 一緒に行きたいところがあるんだ」

靴を脱ぎながらそう言うと、急いで私に支度させ、
手を引いて表に出ると、待っていたタクシーに乗せた。

彼とタクシーに乗るなんて、初めてのことだ。

「どこへ行くの?」と訊いても、「着いたらわかるよ」と答える彼は、
昨夜もロクに寝ていないはずなのに、なぜか、とても楽しげだ。

タクシーが着いた場所はあまりにも意外なところで、
私は彼に促されるまま、次の乗り物に乗った。

3分後、私たちは、東京の夜景を見下ろしていた。

「何とかっていうホテルのスイートルームより高いところから
東京の夜景を見せたかったんだ」

彼が毎日深夜まで、休みも取らずに働いていたのは、
私をここに連れてくるためだったのだ。

私は彼にあげるために用意していた包みを開いて、
3つ入ったチョコレートの1つを取って彼に渡した

チョコとチョコで乾杯をして、ふたり同時に口に入れると
チョコレートの甘みと洋酒の香りが口の中に広がった。

最後のひとつを口にくわえて彼の方に差し出すと、
反対側からパクリとかじって、とろけ出る洋酒をこぼさないように
唇をしっかり合わせたままで、甘い舌を絡めあった。

明日からはまたボロアパートで、彼の帰りを待つことになるだろう。
でも、もう、昔を懐かしんだりしない。

だって、今ふたりで見ているこの夜景が、
これまでで最高にスイートな思い出になったのだから。

ショートストーリー, バレンタインデー, 怖い話, 秘密

※このストーリーは、『チョコレートケーキ』と合わせてお読みいただくとよりお楽しみいただけます。

8年前、3か月後に結婚式を控えた若い女性がマンションの部屋で絞殺された。

殺したのは、女性の婚約者と付き合っていた27歳の女だった。

女は殺した女性の耳を切り落とし、
それを入れたチョコレートケーキを焼いて、男に食べさせようとした。

男の通報で警官が駆け付けたとき、
女はケーキの刺さったフォークを持ってへらへらと笑い
部屋には溶けたチョコレートの甘い香りが漂っていた。

検察は女に懲役9年を求刑したが、
裁判では女が心神耗弱と判断されて5年の実刑判決が下りた。

********

「ありがとうございました!」

バレンタインデーが近づくと、店は益々忙しくなる。

彼女は駅前のケーキ店で働いている。

特性チョコレートケーキが人気の店で、この時期は行列が絶えない。

彼女は1日の仕事を終えると、駅ビルで買い物をして、
急いで家に帰り夕食の支度をする。

「ただいま」

夕食が出来上がるのを見計らったように、玄関のドアが開いて声がした。

彼女が去年の秋から一緒に暮らしている慎一だ。

「いい匂いだね」

「今日は寒かったからシチューにしたわ」

彼が脱いだコートをハンガーにかけながら、
彼女は、幸せがこみ上げてくるのを感じていた。

シチューを美味しそうに食べる彼を見ていると、
彼女は辛かったことも苦しかったことも、全て忘れられるような気がする。

3年前、彼女は眠る時間を削ってなりふり構わず働いていた。
お金になる仕事なら、人には言えないようなことだってした。

貯まったお金で整形と豊胸の手術をして、ボイストレーニングを受け、
ウォーキングレッスンやマナー教室にも通った。

依頼してあった探偵から待ち焦がれていた報告が届いたのは、
ようやく準備が整った頃のこと。

そのあと駅前のケーキ店で働き始め、偶然を装って彼と出会った。

見た目から立ち居振る舞いまで、彼の好みは熟知していたから、
親密な関係になるまでに、たいして時間はかからなかった。

ずいぶん遠回りをしたけれど、これで良かったのだと思う。

彼と一緒に暮らせるのなら、昔の自分なんて捨ててしまって構わない。

けれど…… 

皮肉なことに、彼女は毎日チョコレートケーキを売っている。

あの女の耳を思い出さずにはいられない、
甘い香りのするチョコレートケーキを。


このショートストーリーは、大阪の時計店【ウオッチコレ】メールマガジン『ブリリアントタイム』に掲載されています。

Happyの予感, クリスマス, ショートストーリー

11時53分、あと7分でイブも終わりだ。

イブだというのに残業をして、終電に間に合うように、浮かれる街を駆け抜けている。

好きでやっている仕事だけれど、こんな日くらいは人並みにシャンパンで乾杯をして、
ケーキを食べて笑っていたかった。

それなのに、私ときたら、ファーストフードをかじりながらパソコンに向かい、
泊まり込みも3日目で、お風呂にも入っていない男たちと一緒に、声を荒げて会議をしていた。

なんていうクリスマスイブ!

私は悪態をつきながら、酔っぱらったおじさんたちや、べったりと寄り添いあうカップルの横を走り抜けた。

髪を乱して、息を切らせて、全力疾走した甲斐あって、終電が駅に滑り込んでくるのに間に合った。

弾んだままの胸を押さえて、開いたドアに乗り込んだとき、ほんの少しだけ違和感を感じたが、
思いがけず空席があるのを見つけて、足が自然にそちらに向かった。

座席に腰をおろすと、思い出したように一日の疲れが襲ってきて、
暖かな車内の空気とリズミカルな電車の揺れが、私を眠りに誘い込んだ。

ガタン。

停止した電車の音にハッとして目覚めると、電車のドアが開くところだった。

えっと、ここは……?

駅名を確認しようと外を覗いて驚いた。
それは、この電車が通るはずなどない地下鉄の構内。

彼が、いえ、正確には3年前の冬に別れた彼が、よく待ち合わせした階段横に立っていた。

趣味の良いスーツをスマートに着こなし、優しげで知的な瞳をしているのに、
なぜかいつも前髪が少しだけはねているのが、母性本能をくすぐる人だった。

今頃はシンガポールにいるはずの彼がどうして……?
心臓はどきどきと早くなり、頭は混乱していた。

あの日、彼は私にプロポーズをした。
「シンガポール支店への転勤が決まった。5年以上帰ってこれないと思う。
君に、一緒に来て欲しい。」

二年間つき合った彼のことは、心から好きだった。
でも、私は、彼に着いていくことを選べなかった。
入社以来ずっと入りたかった部署へ転属し、是非やりたかった企画のメンバーに加わったばかりだった。
一週間、食事も取れないほど悩み、出した答えがさよならだった。

もしも、あの時の選択をやり直せたら……
仕事で行き詰まる度に、何度もそう想像した。

今、この電車を飛び降りて、彼の元に走り寄ったら、やり直すことができるだろうか?

傍らのバックをつかみ、座席から立ち上がったとき、
ふと、さっきまで一緒に仕事をしていた仲間たちのことが思い浮かんだ。

女性の私を帰した後も、まだ、仕事を続けている仲間がいる。
彼らは今夜も泊まり込むに違いない。

腰を浮かせたままためらっていると、発車のベルがなってドアが閉まった。

窓の外で遠くなっていく彼の前髪を見ながら、愛しさと切なさと、
これでよかったのだと思う気持ちがないまぜになって胸をふさいだ。

それでも涙がでなかった自分は、大人になったな、と感じながら、窓の外に目をやった。

流れる景色を見ているうちに、また、眠りに落ちてしまった。

ギギー、ガタン。

電車が止まって、また、ドアが開いた。
入り込んできた冷気に目を覚まして、開いた戸口を見た。

ホームで、母が泣いていた。
母から少し離れたところで、父が怒ったような顔で立っていた。

あれは……
あれは、5年前、卒業したら地元で就職すると約束していたのに、
そのまま都会での就職を決め、それを報告に帰った日。

次の日から仕事だから、と、実家に泊まることさえしないで、東京にとんぼ返りした。

反対されることがわかっていたから、すべてが決定するまで家族には知らせず、
寮を出た後に住む場所も、新生活のための資金も自分でなんとかした後、
はじめて両親に電話をした。

驚いておろおろとするばかりの母と、こうなることはわかってでもいたというように
沈黙を守る父の前に正座して、自分の決めたことを伝えるだけ伝えると、
半ば逃げるようにして戻ってきた。

涙を止められない母に、「私は大丈夫だから」と何度も言い、
「時々ちゃんと会いに来るから」となだめるようにして、最終の新幹線に乗った。

夢中で仕事した日々は故郷を思う間さえ無く、
彼ができてからはデートの時間を捻出するのが精一杯で、
結局この5年間、実家には数えるほどしか帰っていなかった。

お母さん、元気かな?
お父さん、お酒飲み過ぎていないかな?

懐かしさに、電車を飛び降りたくなった時、父が母の肩を抱き寄せるのが見えた。

昔気質の父が、人前で母の肩を抱くのを見るのは不思議だった。

私が母の元を離れたことで、夫婦二人だけの優しい時間が生まれたのかもしれないと、
ほんの少し嬉しくなった。

プシュー
発車のチャイムが鳴って、電車のドアが静かにしまった。

ガタンガタン……
心地良く揺れる電車に身を任せても、もう、眠くはならなかった。
私は、たくさんの選択をしながら過ごしてきたこの5年間の時間を思った。

もしもあの時…… 辛くなる度に何度もそう思ったけれど、
あの時、今へ続くこの道を選んだのは、他の誰でもない自分だった。

あの時、この道を選んだからこそ、今の私がこうしている。
時を巻き戻して選び直すことは、決してできない。

けれど、これからの選択肢はまだたくさんある。
未来へ続く道は、どんなふうにでも変えていけるに違いない。

こんなイブも悪くないかな……
そんなふうに思い直したところに、携帯メールの着信音が鳴った。
今夜は会社に泊まり込んでいるであろう同僚からのメッセージ。

(終電間に合ったか?仕事、終わりが見えてきたぞ。
イブなのに残業つき合わせて悪かったな。今度、ゆっくり一緒にメシでも食おう。)

添えられていた添付ファイルを開くと、「聖しこの夜」のメロディが流れだした。

ガラにもない、そう思ったけれど、本当は嬉しくて、
窓の外を流れるイルミネーションの街を見ながら思った。

やっぱり、こんなイブも悪くない。


このショートストーリーは、大阪の時計店【ウオッチコレ】メールマガジン『ブリリアントタイム』に掲載されています。

クリスマス, ショートストーリー, 秘密

シャンシャンシャンシャン……

「この音、良いだろう?」

彼が自慢げに言う。

「すごく、らしいね」

僕は相槌を打ってやった。

最近、この界隈では、コスプレが流行している。

つまり、人間が思い描く姿をそのまま、そっくり真似るということだ。

このシーズンのコスプレといえば、もちろん、サンタクロース。

人間の世界でも、衣装を真似るだけのコスプレをするようだが、
僕たちのコスプレは、当然ながら人間とは違う。

なんといっても、持てる能力が違うのだから。

え? 僕たちは誰かって?

そうだな、あえて言うなら、人間が信じている“神様”ってのに近いかもしれない。

だから、サンタクロースのコスプレをしたら、もちろんプレゼントだって配る。

それも、一生使える宝物だ。

例えばそれは、人間が言うところの「才能」だとか、
「運」とかいう類だといえば伝わるだろうか?

ただし、これはあくまで僕らの遊びの1つだから、
誰にでも平等に、なんてことはしない。

じゃあ誰にプレゼントするのか? だって?

もちろん、気に入った人間さ。

例えば、飛んでいる僕らを見つけてくれた人間とか。

たいていの大人たちは、僕らの姿が見えていても錯覚だと考え、
僕らが見えたと言う子どもの話をちゃんと聞いてやらないんだ。

素晴らしいプレゼントというのは、信じることができる人間に届くものなんだよ。

「そろそろ出かけよう」

赤い服を着て白いひげを蓄えた、
どこからどう見てもサンタクロースにしか見えない彼は、
もうすっかり準備を整えて、きれいな音のするソリに乗っていた。

僕は、人間が言うところのトナカイにしか見えない姿で、
彼の乗るソリをひいて星空に駆け出した。

郊外のある家の窓辺で、小さな男の子とおじいさんが星空を眺めていた。

僕らを見つけた男の子が、指をさして目を見開き、
振り返って「サンタクロース!」と叫ぶと、
おじいさんはにっこり笑って、うんうんと頷いた。

さあて、彼らには、何をプレゼントしようか?

もしもあなたが、信じることのできる人間なら、
クリスマスの前の晩は、夜空を眺めてみるといいよ。


このショートストーリーは、大阪の時計店【ウオッチコレ】メールマガジン『ブリリアントタイム』に掲載されています。

クリスマス, ショートストーリー, 秘密

「ねえ、たっくん、たっくんはサンタクロースに何をお願いしたの?」

ほらきた!まただ。
ママは先週から何度も僕に欲しい物を聞いてくる。

僕はもう2年生なのに、まだサンタを信じているとママは本気で思ってるんだろうか?

サンタの正体がパパだってことくらい、今どき幼稚園児だって知っているのに。

しかも、僕にはパパがいない。

今年の夏、パパとママは離婚したから。

プレゼントの質問はいつも適当にはぐらかしてたんだけど、何度も聞きな
おされるのも面倒だから、「PS……」とゲーム機名を答えようとしてやめた。

そうだ、ママを少し困らせてやろう。

「自転車!僕、自転車が欲しいんだ。今のよりもっと大きいやつ」

「自転車?そ、そう……」

ママは少し驚いた顔をした後、何か考え込むように頷いて言った。

僕のうちではこれまで、サンタのプレゼントは、朝起きると必ずベッドの所に置いてあった。
わっかのついた最初の自転車を貰ったときだってそうだ。

僕の家はエレベーターのついていないマンションの3階だけど、背の高い
パパなら自転車を運ぶくらいなんでもなかったんだと思う。

もし、ママが僕に謝ってサンタの正体を教えてくれたら、
自転車は取り消して小さなゲーム機を買ってもらうつもりだった。

だけど……。

その夜僕は目をつぶってもなかなか眠くならなかった。
パパとママの喧嘩する声をどきどきしながら聞いていたあの夜のように。

カタン!ズッ……カタ……カチャン。ドンッ!

部屋の外でひきずったりぶつけたりする音がしたと思うと、
ドアが開いて、何かがベッドに近づいてきた。

僕は暗闇の中でこっそり薄目を開けてみた。

そこには、リボンのついた自転車を持ったママがいた。

小さなママがあの大きな自転車をここまで運んできたんだろうか?

ハアハアと大きく息を吐きながら、できるだけ音をたてないようにと必死で頑張っている。

サンタらしい服を着て、顔には大きな髭までつけて。

僕はなんだか鼻の奥がツンとなって、目をぎゅっとつむった。

今僕が見たのは、きっと本物のサンタクロースだと思いながら。


このショートストーリーは、大阪の時計店【ウオッチコレ】メールマガジン『ブリリアントタイム』に掲載されています。

クリスマス, ショートストーリー, ベリーショートストーリー

ジリリリリリリ!

けたたましいベルの音に飛び起きた彼は、まだ半分しか開いていない目で、特製時計の文字盤を見た。

彼が持っている1年時計の金色の針は、赤いしるしを指していて、今日が特別な日であることを知らせている。

「もう当日か、早いなあ……」

大きな体をベッドから押し出しながら、小さなあくびをひとつして、自慢の髭をつるりと撫でた。

彼が自分で仕事をするのは1年に一度だけ。
けれどそれはとても重要な仕事で、なおかつかなりの重労働。
そして、なにより、彼だけにしか出来ない仕事だ。

大勢の部下たちが半年がかりで準備した資料に目を通し、
今夜の仕事の段取りをして、最後の準備を整えるうち、あっという間に夜が来た。

今夜は特に冷えるようだ。

彼はたっぷりとファーのついた赤いカシミヤのコートを羽織ると、
特製の乗り物に乗って、夜の街へと出て行った。

シャンシャンシャン……

彼の乗り物が奏でる美しい音が遠ざかるのに気づいた部下が、
慌てて彼を呼び止めようと、大きな声で叫んでいた。

「社長、お待ちください!この時計、1ヶ月ほど進んでいます!
まだ12月になっていません!社長!社長……」


このショートストーリーは、大阪の時計店【ウオッチコレ】メールマガジン『ブリリアントタイム』に掲載されています。

ありがとう, クリスマス, ショートストーリー

明るい日差しがクリスマスツリーを照らし、
行き交う人の多さと賑やかな笑い声に、思わず目を細めてしまった。

長い間あんなところでじっとしていると、光と音と人が溢れる外の世界は、
まるで別の国のように感じる。

あまりゆっくりはしていられない。
急いで買い物を済ませ、回診の時間までに戻らなくては。

闘病生活が長くなって、はやく自宅に帰りたいという希望は、
少しづつあきらめに変わっていった。

それでも、巡り来る季節を忘れてしまいたくはなくて、
節目になる行事だけはいつも大切に考えていた。

もうすぐ、クリスマス……。

彼に贈りたいものがあった。

昨日、お茶を煎れてくれた彼の手元を見た時、時計のベルトがすり切れて、
ずいぶんくたびれていることに気がついた。

大通りの向こうにある商店街、少し歩けば時計屋さんがあったはずだ。

流行の服を着た女の子たちとすれ違う。

パジャマの上にスカートをはき、コートで隠すようにしている自分が少し恥ずかしくなった。

病気にさえならなければ今頃……
もう考えるのはよそう、そう決めていた恨み言が一瞬頭をよぎった。

クリスマスソングの流れる商店街の向こうに、時計屋さんの張り出したショーケースが見えた。
メリークリスマスと書いた看板の横に、金色の天使のオブジェが飾られている。

ケースの中央、一番目立つ場所にあった時計に目が引きつけられた。
すっきりとしたデザインで、文字盤のダイヤが上品な輝きを放っていた。
彼の腕にきっとよく似合うだろう。

けれど、その値札には、たくさんのゼロが並んでいて、今の私にはとても手が届かなかった。

私がまた元気になって、働くこともできるようになれば、こんな時計をプレゼントすることだって夢ではない。

そんな日のことを想像しながら、時計屋さんのドアを開けた。

今夜もいつもと同じ時間に会いに来てくれた彼は、
「メリークリスマス!」と言って金色の紙に包まれた小さなボトルを差し出した。

手際よく包みを開けながら、「アルコールは入ってないけどね」といたずらっぽく笑う。

この人と結婚してよかった。

唐突にそんな気持ちがわき上がり、目頭が熱くなった。
こんなふうに彼といられる時間は、あとどれくらいあるのだろう?

「病室の湯飲みじゃ気分がでないだろ」

彼は紙袋からワイングラスを二つ取り出した。
音を立てないようにタオルを押し当てて蓋を開けたのは良かったけれど、
勢いよくわき上がった泡のせいで、中身がずいぶん減ってしまった。

したたり落ちる大量の滴に慌てている彼が、可愛いと思った。

枕の下に隠したプレゼントを渡したら、彼はどんな顔をするだろう?

ようやくつぎ終えたシャンパンの泡に、ベッドサイドのライトが反射して綺麗だった。

二人でくすくす笑いをかみ殺しながら、グラスをぶつけて乾杯をした。

**********

「春江!春江!春……」

胸が重く、息が苦しくなって、目の前が霞んだ。

妻が、たった今亡くなった。

こんなにも早く、こんなにも急にこの日がやってくるなんて……。

時計の文字盤が滲んでいるのを見て、僕は自分が泣いていることに気がついた。

何ヶ月もの間、病魔と闘って、とても疲れていたはずなのに綺麗なままの顔だから、
少し眠っているだけだと思い込みたくなった。

手も頬もまだ暖かく、唇には笑みさえ浮かんでいるように見える。

「春江……」

春江とここで乾杯したのは、まだ、ほんの一週間前のこと。

病室を抜け出してプレゼントを買ってくるほど元気だったのではなかったか。

君が予想していた通り、僕はまず怒ったけれど、本当はたまらなく嬉しかったんだよ。

病院を出たら自分も働いて、文字盤にダイヤのついた高級な時計を僕にプレゼントしたいと言っていたね。

それじゃあ春江の分も買って、一緒にダイヤの時計をはめようって、そう約束したじゃないか。

春江…… 君がくれたこの時計にはダイヤなんてついていないよ……。
君の細い手首には、点滴の針が刺さって、時計さえついていない……。
君はこれまで、僕との約束を破ったことなんてなかったのに……。

春江…… 約束は守らなくてはいけないんだよ!!

そのとき、窓の外から厳かに響く鐘の音が聞こえてきた。
今年の終わりと、新しい年の到来を告げている。

僕は、二人でずっと守ってきたもう一つの約束を思い出した。

「新しい年には新しい気分で」

どんなに喧嘩をしていた年だって、どんなに疲れていた年だって、
新しい年を迎える時には、二人とも笑顔で、新しい気分で新年を迎えましょう。

結婚して初めてのお正月に、そう約束して以来、僕たちはずっと、それを守ってきたんだったよね。

春江、どんなに悲しい年だって、これは守らなくちゃいけないのかい?
だから、君は、そんなふうに綺麗な顔で旅立ったのか。

「そうよ、あなた。新しい年には、新しい気分で」

横たわる春江の唇から、そんな声が聞こえたような気がした。

もうすぐ、新しい年がはじまる。


このショートストーリーは、大阪の時計店【ウオッチコレ】メールマガジン『ブリリアントタイム』に掲載されています。

ハロウィン, ブログ

ハロウィンが近いので、ここしばらくハロウィンにちなんだ記事をアップしています。

ショートストーリーも、ハロウィンっぽいお話を掲載しているので、
そのイメージに合うアイキャッチ画像を選んでいます。

契約している画像サイトで、ショートストーリーのイメージに合うキーワードを入れて検索すれば、
たちどころ候補の画像がたくさんピックアップされるのはいいのですが……

昨日アップしたショートストリー『エスカレート』に使う画像を探そうとして「ハロウィン 傷」とか、「ハロウィン 仮装 血」などと検索したら、怖すぎる画像が目白押し。

画像サイトFotolia https://jp.fotolia.com/より
画像サイトFotolia https://jp.fotolia.com/より

ショートストーリーでは、最近の仮装はリアルすぎるとか、ホラーネタが人気と、勝手な想像で書いているのですが、本当に、リアルでホラーな仮装ができる時代なのですね。

怖いくせに興味も惹かれて、しげしげと見ているうちに、怖すぎて泣きたくなってしまいました。

年齢のせいか、最近、ちょっとした刺激ですぐ涙がでます。^^;

ここまで読んでくださったあなたにも、怖い画像をお見せしてしまってごめんなさい。

このまま眠って悪い夢を見ないように、最後はかわいいハロウィン画像で気分転換してくださいね。
Happy Halloween!

ハッピーハロウィン

ショートストーリー, ハロウィン, ベリーショートストーリー

「10月最後の金曜かぁ……今夜も多くなりそうだな」

「ああ、年々エスカレートしているからなぁ」

勤務を控えた男たちは、大きなため息をついた。

仮装した大人たちが夜の繁華街に集うハロウィンは、
今やクリスマスのツリー並みに定着している。

大手レジャー施設が仕掛けた「ハロウィンホラーナイト」の影響で、
ここ数年は怖い仮装がトレンドだ。

手や顔に切り傷や火傷痕をつけた程度の仮装はまだ可愛いもので、
目の玉が飛び出ていたり、斧が頭に刺さっていたり、
皮膚が溶けて骨が見えていたりする者も少なくない。

もちろん、男たちだって、仮装して楽しむことを非難するつもりはない。

ただ、本物らしさの追求は、もういい加減にしてほしい。

年々高くなるメイクと仮装の技術は、もはや本物と見分けがつかないレベルだ。

トゥルル……

受話器を取って耳にあてると、中年女性のうわずった声が響いた。

「もしもし!女の人が刺されて倒れています!胸が血だらけで……」

ほらきた、まただ。

男たちが勤務する県警本部地域部通信指令課(110番受付)には、
ハロウィンが終わるまで、刺された女や切られた男の通報が絶え間なく続く。

お願いだからその仮装姿のまま酔いつぶれるのはやめてくれ!


このショートストーリーは、大阪の時計店【ウオッチコレ】メールマガジン『ブリリアントタイム』に掲載されています。

ショートストーリー, ハロウィン, 秘密

書けない。どうしても、書けない。

前作まではキーボードを打つ指のスピードがもどかしいほど、
次から次へと言葉があふれてきたというのに。

男は、ふうっと大きなため息をつくと、
何時間も座りっぱなしだった椅子から立ち上がろうとした。

ピコン。

その時、着信音が鳴り、モニターの隅に
男のSNSアカウントに届いたメッセージが表示された。

人気作家である男には20万人を超えるフォロワーがいるが、
男がフォローしているのは十数名だけだ。

ほとんどは、オフラインでも付き合いの深い友人知人だが、
ひとりだけ、実際には会ったことのない人物がいた。

アカウント名はPhantomで、年齢も性別も分からない。

男がなぜそんな奴をフォローしているのかと言えば、
たまたま見かけたそいつの投稿があまりにも興味深かったからだ。

友達の少ない奴なのか、フォロワーは男を入れて3人だけで、
フォロー数も10に満たない。

男以外の2人のアカウントは長く動いている様子がないから、
実質的にPhantomの投稿を読んでいるのは、男だけだと言っていい。

メッセージは、そのPhantomからだった。

推理小説のトリックを考えついたので見てほしいというのだ。

男がフォローするほどPhantomに興味を持ったのは、
Phantomがいくつものトリックアイデアを投稿していて、
それがなかなか良くできていたからだ。

Phantomはミステリー好きか、小説家志望なのだろう。

トリックのネタならば、いつものように投稿すれば良いのに、
どうしてわざわざダイレクトメッセージを送ってきたのだろう?

不思議に思いながらも、気分転換になるだろうと思い、男は了承のメッセージを返した。

すると、メッセージ添付で送られてきたのは、
ちょっとした小説並みの量があるテキストファイルだった。

テキストを読み終えた男は、気分を落ち着けるために
深呼吸をしなければならなかった。

Phantomの原稿が予想外に素晴らしくて動揺したのだ。

もちろん、文章は未熟で構成にも甘さがある。

しかし、核となる殺人のトリックには目を見張るものがあった。

緻密な計算と周到な準備に、いくつかの偶然が重ならなければ成しえない殺人ではあるけれど、
ストーリーには整合性があって、リアリティがもの凄い。

殺される3人の男たちの心理描写も秀逸だ。

男はすぐPhantomにメッセージを送り、原稿を編集者に見てもらうよう勧めた。

なんなら男と親しい編集者を紹介してやっても良い。

ところが、Phantomは思いがけないことを申し出た。

このトリックを使って推理小説を書いて欲しいというのだ。

Phantomは、自分が思いついた最高のトリックを
どうしても世に出したいので、男に協力してほしいと懇願した。

もちろん、男は断った。

今は少々スランプだが、素人の考えたトリックで書くなんて
プロとしてのプライドが許さない。

しかし、いっこうに抜け出せないスランプと、
毎日メッセージを送ってきては懇願し続けるPhantomの根気に負けて、書くことを約束した。

Phantomの原案に男の筆が加わった推理小説は、
男の作品の中でも最高と言える出来栄えだった。

原稿を読んだ担当編集者が興奮して絶賛する声を聞きながら、
男の頭には「ゴーストライター」という言葉がよぎった。

出来上がった作品をデータでPhantomにも送って見返りを尋ねたが、
ただ礼を言うばかりで何も要求しなかった。

そして、それきり、Phantomは返信をよこさなくなった。

SNSへの投稿もその日から途絶えたままだ。

出版された小説は、瞬く間にベストセラーとなり、男の最高傑作と評された。

推理小説家として益々人気を高めた男は、スランプからも脱出し、次回作に取り組み始めた。

Phantomと連絡を取ろうと、男は人を雇って調べさせたりもしたが、
結局、Phantomを探し出すことはできなかった。

******

「便利な時代になったもんだよな」

Phantomが仲間に話しかける。

「本当に。誰でもネットで表現活動できるんだからな」

仲間が感心したように言う。

「それにしても、あの小説家、やっぱり凄いな。
これだけ本が売れれば、関係者の誰かが読んで、あの事件の真相に気づくのも時間の問題だ」

Phantomがそう言うと、もう一人の仲間が心配そうに口を開いた。

「あの小説家が疑われたりしないか?」

「大丈夫さ、事件が起きたとき、あの小説家はまだ小学生だ。
いくら小説でトリックを暴いて、事件を詳細に描写していたって疑われることはないよ。
本人はちょっと驚くだろうけど……」

Phantomは笑いながら言う。

「俺たち、もうすぐ見つけてもらえるんだよな?」

仲間が不安そうに尋ねた。

「ああ、きっともうすぐだ。」

白骨になって久しいPhantomが、暗い土の中できっぱりと言った。


このショートストーリーは、大阪の時計店【ウオッチコレ】メールマガジン『ブリリアントタイム』に掲載されています。