「本当にいいのか?」
「ああ、今年の東北出張は俺が行くから安心しろ」
毎年この時期にある東北への出張は、クリスマスを挟んだ5日間。
当然、家族や彼女のいる奴はもちろん、特に予定のない奴だって、
雪ばかりでイルミネーションもないような田舎には行きたがらない。
誰が行くかはくじ引きで決めるのが常だった。
だが、今年は、俺が自分から行くと言いだしたので、
部内にざわめきが起こった。
こちらに居れば彼女に会いたくなるし、
会わなくても電話してしまいそうだ。
だが、あの田舎なら、携帯の電波さえ、まともに入らないだろう。
俺の彼女は、自分のことを、平凡でつまらない女だと思っているようだが、
もちろん、そうじゃない。
取引先の業務部にいる彼女のことを狙っていた男は、
この部署だけでも4人いた。
いや、今だって、諦めていない奴がいるかもしれない。
もちろん、俺もそのうちのひとりだったし、あいつもそうだった。
話が急展開したのは、夏の暑さがようやくひいた9月最後の週末。
あいつと二人で飲みすぎて、どちらも彼女に本気だということがわかった。
男らしく正々堂々と戦おうじゃないかと誓いあって、
どちらが先に告白するかを、じゃんけんで決めた。
あんなに真剣にじゃんけんしたのは、
ビックリマンチョコのレアシールを、誰が貰うかで争った
小学校のとき以来だった。
先に告白する権利を得たのは、俺の方。
そして、彼女の争奪戦に勝ったのも、俺だった。
あいつは、告白するチャンスさえ失くして、
彼女のことはきっぱり諦めると言った。
ただし、俺たちはこんな約束もしていた。
例えどちらが勝ったとしても、
相手に敬意を表して、今年のクリスマスはひとりで過ごすこと。
簡単な約束だ、とその時は思った。
だが、彼女と付き合い始めると、ふたりで迎えるはじめてのクリスマスを
彼女がどれほど楽しみにしているのかが分かって、約束を後悔した。
泣きながら「来年……」なんて言い出したときには、
すぐに抱きしめて「冗談だ」と言い、
約束なんて忘れたふりをしようかと思った。
それでも俺は平静を装い、彼女を抱きしめるのも我慢して、
「来年のクリスマスはどんなことがあっても一緒に過ごそう」
と誓った。
「来年……来年……くそぉ、早く来年にならないかなぁ」
雪の他には何も見えない窓の外を眺めながら、
うわごとのように「来年」を繰り返す。
笑えるくらいに何もない田舎での5日間は、
精神修行になるのではないかと思う。
「来年は彼女と過ごすぞぉ!! 」
ひとりっきりの事務室で、天上を向いて叫んだ。
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