「真理子、ごめん……」
とうとう、来た!やっぱり言われてしまった。
少し前からずっと、もうすぐこの日がくるような気がしていた。
“予感”が的中してしまった悲しみと“決定”がもたらした不思議な安堵を感じながら、彼の言葉を聞いていた。
「真理子のこと、幸せに出来る自信がない……」
そう、彼はまだ社会人になったばかりで、果てしない可能性と、輝く未来を持っている。
それに比べて、今の私が持っているものといったら、彼の足をひっぱることになるようなものばかり。
彼と一緒に過ごせなくなることは、体の一部をもぎ取られるみたいに辛いけれど、
彼を引き止めて追いかけるには、私の持っている荷物はあまりに大きくて重い。
左手に視線を落とすと、そこには彼が以前、かなり無理をして買ったであろうプレゼントの、大振りなリングが光っていた。
ハンカチを取り出そうと手を伸ばしたとき、一瞬、そのリングが私に囁きかけたような気がした。
「大丈夫、元気を出して」
私は精一杯の笑顔を作って、彼に言った。
「今までどうもありがとう!さようなら、元気でね。」
彼は、何かを言おうとして唇を開きかけた表情のまま、踵を返して歩きだした。
彼の背中を見たとたん、涙がどっと溢れ出した。
振り返らない。
そう告げているような背中に向かって、バイバイと手を振り続けた。
***
真理子が笑った顔のまま、泣いているのは見なくても分った。
首を少しだけナナメに倒して、泣きながら手を振っているに違いない。
そう想像した瞬間、僕はたまらなくなって、思わず後ろを振り向いた。
すると……
真理子の左手に天使がとまり、キラキラと光る羽で僕を、おいで、と呼んでいた。
……?
そんなふうに見間違えてしまったのは、真理子の指に光る指輪だった。
そう、あれは僕がはじめて真理子にプレゼントしたもの。
年上で、すでに働いていた彼女と肩を並べたくて、無理をして買った指輪だった。
珍しいデザインが素敵だと、とても喜んでくれたっけ。
裏側が羽のようになっていたなんて、気づかなかった……
振り向いた僕に驚いた真理子が涙を隠そうと目元に手を持っていったとき、また、左手がキラリと光った。
僕はたまらなくなって、真理子の所に走っていった。
呆然として立ちすくむ真理子を強く抱きしめながら、大声で叫んでいた。
「真理子、愛してる!もう一度一緒に頑張ろう!」
突然、あのリング選んだ理由を思い出した。
どんなものを選べばいいのか迷う僕に、店員がこんなことを言ったのだ。
「このリング、“さよならの魔法”という名前がついているんですよ。
これをつけて手を振った相手とは、必ずまた会うことができるのですって」
ロマンチックな話が好きな真理子が、とても喜びそうだと思った。
「もう、さよならなんて言わない」
背伸びして、僕の首に巻きつけた真理子の左手で、
天使が金の羽を軽く揺らし、ウインクを送ってよこしたような気がした。