見栄など決して張るものじゃない。
そう心から気付くのが、もう少し早ければ……
学生時代から付き合っていた恋人と長い春を実らせたのは30を目前にした秋。
7年経った今もまだ、夫婦二人だけの生活が続いている。
子供が欲しいと切望した時期もあったが、今では二人だけだからこそ楽しめる生活もあるのだと納得できるようなっていた。
そんなある日、学生時代からの友人で、ただ一人シングルのままキャリアを積んでいたアキコの結婚が決まりお祝いを兼ねて皆で集まることになった。
昔の仲間が皆で顔をそろえるのは何年ぶりだろう?
メンバーの中には、結婚前に会ったきりという友人もいた。
待ち合わせしたホテルのロビーに集まってくる仲間達を見て、皆、昔の面影を残してはいるけれど、それぞれ違った人生を歩いているのが肌やスタイルや表情に現れていると思った。
例えば、由布子。
トレードマークだったスリムな体型はどこへやら、すっかり大きくなった腰まわりには、3人の子育てをする母強さが伺える。
それから、最近離婚が成立したという美知。
切れ長の目と鼻筋の通った美しい顔は変わっていないが、目の下の隠しきれない隈や艶のなくなった肌に、生活の疲れが見て取れた。
私は皆の目にどんなふうに映っているのだろう?
そう思いながら、ウインドウに映る自分の姿をちらりと見やった。
ボディラインに沿う女性らしいデザインで有名なブランドのスーツは、先週新調したものだった。
色を合わせた靴とバックも、思い切って買ったものだ。
控えめなジュエリーもぴったりと似合っている。
ただ、ひとつだけ、少し迷いながら結局は着けてきてしまった腕時計のことが気にかかっていた。
それは、以前香港で買った超高給ブランドのレプリカで、レプリカとしてはやや値の張った精巧な物だった。
普段は滅多に使わないのだか、今日のスーツにはとてもよく似合う気がしたので、思い切って着けてみた。
それでも、誰かにレプリカというのを指摘されるのではないかと、内心少しひやひやしていた。
「淳子!やっぱり子供の居ない人は違うわね、5年前に会った時からひとつも歳をとってないみたい」
振り向くと満面の笑みを浮かべたアキコが立っていた。
「おめでとう!アキコ。ニューヨークに住むんですって?」
「そうなの、彼の仕事の都合で、式もあちらで二人きりで挙げるつもりよ。今日は皆に会えて嬉しいわ」
幸せの絶頂にあって輝いているアキコが羨ましかったのは、私だけではないはずだ。
アキコのまわりを皆が取り囲み、お喋りに花を咲かせながら予約してあった上階のレストランへと向った。
メインディッシュも終わりに差し掛かる頃、隣に座っていた由紀代が突然、私の腕を掴んで目を丸くした。
「淳子、これってもしかしたあの超高級ブランドの……?」
話しに夢中で時計のことなどすっかり忘れていた私は、突然の質問によく考えもせず、「そうよ」と軽く受け流した。
すると由紀代は「えーっ!」と大きな声で驚き、皆の目が一斉に集まった。
「由紀代ってば驚きすぎよ」
笑いながらそう言ったものの悪い気はしなかった。
アキコの惚気話も一通り聞き終わり、それぞれの近況報告も大体済んで、話題はいつしか殆どの仲間に共通する、子供のことになっていたから。
由紀代は何か思い入れでもあったのか、この時計がどれほど素晴らしいものかを皆に話し始め、最後にその金額を口にすると、一瞬皆シンとなった。
そして、その後、驚きと羨望の混ざった言葉が怒涛のように浴びせられた。
ごく普通に暮らす主婦達にとって、百万円以上という時計の値段は驚きに値する。
自分からは何も語らなかったせいなのか、今日の装いがそれなりに見えたのか、この時計をレプリカと疑う仲間はひとりも居なかった。
「子供が居ないとそんな生活ができるのね」
と、溜め息をつかれるのも悪い気持ちではなかった。
「あら、でも、やっぱり子供が居たほうが楽しいんじゃない?」
などと、余裕の発言をした頃には、もう、実はレプリカだと言い出せる状況ではなくなっていた。
それでも、今度会うのは当分先の仲間ばかりと、たいして気にも留めな
かった。
由紀代から、一日だけあの時計を貸して欲しいと電話があったのはそれから3日後のこと。
OL時代の後輩の結婚式に出るのだが、その後輩というのが、当時はかなり華やかだった由紀代に憧れていたそうで、会社を辞めても結婚式には絶対に行くから、と約束していたらしい。
恥ずかしいお願いだけれど、その後輩にだけはくたびれたオバサンになったと思われたくない、どうか見栄を張らして欲しい。と泣きついてきた。
私は、言葉を失った。
食事会で皆の羨望に微笑んだことを思い出すと、今更レプリカだったとも言えない。
かといって貸せない理由も思いつかない。
私は、由紀代の懇願を受け入れてしまった。
それから時計の正確な金額と手に入れる方法を調べた。
135万円というその値段は、現実離れしたものに思えた。
私はたったひとつだけ持っていた自分名義の定期貯金を解約して、100万円の現金を手にした。
足りない35万円をどうするか考えたが、夫に相談したら叱られるに決まっているので、どこかで借りることに決めた。
「ごめんね、実はレプリカだったの」
とひとこと言ってしまえば済むのにという思いもあったが、その後は仲間内のいい笑いものになってしまうような気がして、どうしても言いだせなかった。
街には35万円を即座に用立ててくれる金融業者がいくらでもあった。
電話で問い合わせた時の丁寧で感じの良い対応に、簡単にできる借金の危なさを感じることができなかった。
由紀代に時計を渡すと、涙をこぼさんばかりに喜んだ。
「私の見栄のためにごめんなさい」
という言葉には少しドキリとしたが、なんとも言えない優越感に満たされてそれも吹き飛んでしまった。
それから半年、私は最初に借金をした金融業者の他に、3軒の業者から限度額いっぱいの借金をしていた。
最初の借金があまりに簡単で、月々の返済もたいした額ではなかったので、まるで、お金が降って沸いたような錯覚に陥ったのだ。
最初の借金の後、私は何か欲しいものができる度に金融業者に出向くようになり、そのうち総額でいくら借りているのかさえわからなくなった。
そして、あっという間に、夫の給料の殆どを借金の返済に充てなければならなくなった。
私は仕方なく仕事にでることにした。
夫は不満そうだったが、借金のことを打ち明けることもできず、なんとか説得して仕事を始めた。
長く離れていた会社勤めに疲れて、夕食を店屋物や出来あいの惣菜で済ますことが増えた。
食費は少し嵩んだが、仕事を持ったことであらたな金融業者からも借金ができるようになった。
少しづつでも返してさえいれば、またいくらでも借りられるという状況に安心して、生活費を切り詰めるという考えが浮かばなかった。
表面的には豊かに見える生活の裏で借金はどんどんと嵩んでいった。
増えた返済額を賄うために、私は休日もアルバイトをするようになった。
最初の借金から2年の月日が過ぎていた。
夫と一緒に過ごす時間は極端に減り、夫は時々無断で外泊するようになった。
二人の間にはいつしか、大きな溝ができていて、二人の関係はもはや夫婦というよりだの同居人のようだった。
借金の総額は、もう、計算するのも嫌になっていた。
そんなある日、由紀代から一通の手紙が届いた。
淳子、元気にしていますか?
パートに出たお金を貯めて、家族で初めての海外旅行をしました。
香港に行ったのですが、その市場ですごいものを見つけました。
淳子が貸してくれたあの時計にそっくりのレプリカです。
それはそれは精巧にできていて、本物と並べても見劣りしないほどなのに、値段は50分の1でした。
それを手に取って見ているうちに、あんなに見栄を張ろうとしていた自分がおかしく思えてきました。
今度、あの後輩の家に遊びに行って、本当のことを正直に話そうと思います。
淳子、私の見栄に付き合わせてしまってごめんなさい。
あんな高級な時計、淳子のような女性がしてこそ価値があったのにね。
また、皆で集まりましょうね。
私は由紀代の手紙を握り締めたままぼんやりと立ち尽くした。
悲しいとは思わなかったのに、涙が一筋頬を伝った。
また皆で集まることになった時も、本物ではなくレプリカの方を着けていこうか……。
今の私にはきっと、その方が似合うはずだから。
そんなふうに考えながら、涙がどんどん溢れてきて、止まらなくなってしまった。
顔を洗おうと洗面所に行って、鏡に映った自分の顔に驚いた。
そこには、見栄と欲でがんじがらめになった、醜いレプリカの自分が映っていた。
ジャブジャブと冷たい水で顔を洗いタオルで滴をふき取ると、長い間かかっていた魔法が解けたように、心が軽くなっていく気がした。
リビングに戻ると、サイドボードの引き出しに無造作に突っ込んであった書類を全部取り出した。
借金のちゃんとした返済計画を考えなければ……
私は大きくひとつ深呼吸をして、計算機のキーを叩きはじめた。