<桜ケ丘小学校第68回卒業生の皆様へ>
学校創立100周年の記念行事の一環として、学校に埋めたタイムカプセルを堀り出すことになりました。
皆で学校に集まって、思い出話に花を咲かせながら旧交を温めましょう。
これで、7通目だ。
春子の元にはここ一週間ほど何年も音沙汰のなかった昔の友人たちから次々に同じメールが届いている。
引っ越しや結婚で地元を離れている旧友たちにも連絡をつけようと、
有志による案内メールが、飛び交っているらしい。
春子の卒業した小学校は、商店街のすぐ近くにあって、
片田舎の町ながら、当時としては珍しいほど多くの行事を行っていた。
タイムカプセルを埋めたのもそんな行事のひとつで、
各自自宅から持ち寄った品物と、将来の夢を書いた作文を入れたことを覚えている。
けれど、どんなに思い出そうとしても、
春子はタイムカプセルに入れた品物が、どうしても思い出せない。
何を入れたのだったかしら?
実は、作文に書いた夢の方は、だいたい覚えていて、
「東京の大きなビルでかっこいいお仕事をする」
と書いた通り、今や有名ファッション誌の編集部で忙しく働く
キャリアOLとして頑張っていた。
「タイムカプセルか……」
普段は休日などなく働いている春子だったが、
中に入れた物が思い出せないのが気になって仕方がないので、
何とか都合をやりくりして、式典に駆け付けた。
田舎の町は、意外なほど変わらぬ風景で、
3か月で景色が全く違ってしまう都会の街並みと比べると、
まるで時が止まっているようだった。
旧友たちの顔にも、それぞれ昔の面影があり、
ランドセルを背負っていた頃の思い出が懐かしくよみがえった。
そろそろオバサンの域にさしかかろうとしている同級生も多い中、
群を抜いて若々しくファッショナブルな春子は皆の注目を集めた。
東京の話や、雑誌の仕事のこと、何度も同じことを聞かれ、
だんだんと面倒になってきた頃、ようやくタイムカプセルが開いた。
ずっと気になっていた品物を手にした春子は、
「あっ」と小さな声を上げて、呆然と立ち尽くした。
それは、ずっと忘れていた記憶。
いえ、忘れようと努力していたもうひとつの夢。
タイムカプセルから出てきた物は、大好きな母のエプロンだった。
小学生だった自分は、東京でカッコ良く仕事をしたいと思う一方で、
早く結婚して母のようになりたいとも願っていたことを、はっきりと思いだした。
さっきまで老けたな、と思って見ていた子供を抱いた旧友たちの顔が、
急に幸せそうに感じられた。
人生は選択の連続で、春子はいつも選ばなかった方の道を、
忘れようと必死で頑張ってきたのだった。
けれど、これからはもう少し肩の力を抜いて生きてもいいのかもしれない。
選ばなかった方の道が、春子が今歩いている道と、
未来のどこかで合流することだって、あるかもしれないのだから。