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ショートストーリー, 世にも奇妙な物語

困った顔をしたまま考え込んでいたドラえもんが、
今にもタイムマシーンに乗り込もうとしている私の肩を叩いて口を開いた。

「君、どうしてタイムマシンに乗りたいの?」

「ど、どうしてって…」

「しょうがないなー」と言いながら簡単に乗せてくれるものだと思っていた私は、
少々とまどいながらも、古い年賀状を誤って投函してしまったことから、
ずっと好きだった彼の話まで、全ての事情をドラえもんに話した。

腕組みをして聞いていたドラえもんは、話を全部聞き終わると、
なんだか申し訳なさそうにこう言った。

「美香さんが困ってるのはよく判ったけど、
タイムマシンで過去に行っても現在を変えることは出来ないんだ。」

「変えられないってどういうこと?」

「つまりね…」

ドラえもんはポケットから紙と鉛筆を取り出すと、説明を始めた。

「昔の人は、“時間の流れ”を一本の線のように理解していたんだけど、
実際にタイムマシーンが出来て、検証が進むうちに、そうじゃなかったことが判ったんだ」

「例えばね……」

と、紙に一本の線を引き、その端っこにマルをつけて、続けた。

「これが、美香さんが生まれてからこれまでずっと過ごしている時間だとするでしょ、
そしてこのマルが、今ボクと話している時間」

次に三分の一ほど戻ったところにバツを書いて言った。

「ここが12年前、年賀状を書いた日だとするよ。
それで、このバツまでタイムマシーンで戻って、
12年前の美香さんと違った行動を取るとすると……」

ドラえもんは、バツのところから新しい線をもう一本書いて、付け加えた。

「違う人生が生まれてしまう」

そうよ、ソレこそが私の望み!
そう思ってドラえもんの顔を見ると、さらに続けてこう言うのだ。

「だけど、この新しい人生は、今、ボクとこうして話している美香さんの人生じゃないんだ。
この新しい線の先にボクと会っているしるしのマルはないでしょ?
つまり、この新しい人生を歩いている美香さんは、未来においてボクとは出会わないことになる。
でも、ボクは今こうして美香さんと話してるんだ。おかしいでしょ?」

そ、そりゃおかしいけど……

「実はね、今存在している美香さんは、ボクと話している美香さん一人だけじゃないんだ」

え?私が他にもいるっていうこと?

驚いた私の心を見透かすように、ドラえもんが続ける。

「そう、同時に何人も存在している可能性がある。
ただ、それぞれ全く別々の“時間の流れ”の中で暮らしているから、
ボクと話しているこの時間の流れの中いる美香さんは、今ここに居る美香さん一人だけなんだ」

ドラえもんはさっきの紙を見せながら、バツのところから新しく書いた線をもう一度指した。

「タイムマシーンで過去のどこかの地点に戻って、何か違う行動をすると、
そこから別の美香さんが歩く、まったく新しい時間が生まれるんだ。
過去で何をしても現在を変えることができないことがわかったから、
タイムマシーンの一般使用が可能になったんだ」

ドラえもんのややこしい説明は、わかったようなわからないような気分で、
なんだか頭が痛くなった。

「つまり、もし12年前に戻って年賀状を投函して、新しい人生が開けたとしても、
その人生を歩くのは私じゃない別の私ということなの!?」

念を押すように訪ねると、
「そうそう」とドラえもんはホッとした顔をした。

それでも、どうしても納得できなかった私は、今を変えられないことを承知の上で、
もう一度頼み込んでタイムマシンに乗り込み、念願の12年前に戻った。

**********

「ね、これでよくわかったでしょ」

ドラえもんは、出発した時と何も変わっていない私の部屋を指し示しながら私に納得を促した。

「ホントね」

少し散らかった部屋はタイムマシンに乗り込んだときと寸分も違ってはいない。

私は、12年前に戻り、確かに年賀状を投函してきた。

その後新しく生まれたもうひとりの私の人生を覗いて来たいとお願いしたが、
違う時間の流れに入り込むと元には戻れなくなるから出来ないと断られた。

もうひとりの私は今頃、どんな人生を歩いているのだろうか?

大好きな彼の隣で微笑みながら、彼に似た赤ちゃんを抱いているかもしれない。

私は勝手な想像に浸り、自分の分身の幸せを思うことで、
変えることのできなかった今を受け入れるしかなかった。

「ドラえもん、無理を言ってごめんなさいね。本当にありがとう!」

「どういたしまして。ボクこそ操縦ミスでここに出てきてしまってごめんなさい」

「さあ、もう一度本当の目的地へ出発しなきゃ」とドラえもんは立ち上がった。

「ずいぶん寄り道させてしまったわね。今度は間違えないように気をつけてね」

そう言いながら握手をしたけれど、一緒に時間を遡ったドラえもんが、
もう何十年も付き合っている親友のように思えて、別れるのがとても辛かった。

「美香さん…」

ドラえもんは涙声で名前を呼ぶと、私に向って銃のようなものの引き金を引いた。

「美香さん、ごめんなさい。ちょっと時間を止めただけですぐに元に戻るからね」

タイムマシンの使用規則の中でも、もっとも大切な最後の一条には、こんな文章があった。

<タイムマシン開発以前の過去において予定外の人物と接触を持った場合、
その人物がタイムマシンに関して得た知識を完全に消去して、速やかに立ち去ること。>

ドラえもんは一瞬止めた時間の中を、再びタイムマシンに乗り込んだ。
そうだ、もう一度だけ寄り道をしていこう。

涙ぐんだ顔のまま時を止めている美香を見ると、
引き返して少しだけ未来の彼女の様子を見届けてみたくなった。

今度は決して本人に出合わないように、細心の注意を払いながら……

*********

「お母さん!お母さん!お母さん、愛してるわ!!」

美香が二階から駆け下りてくる。

さっきかかってきた電話を持ったまま二階に上がって、
ずいぶん長電話をしていたようだ。

それにしても、年末からずっと塞いだっきりだと思ったら、
今度は私を愛しているだなんて……。

美枝は離婚したばかりの娘の、不安定な情緒を思ってため息をついた。

美香が長電話をしていた相手が、12年も思い続けていた男性だったということを、美枝はまだ知らない。


このショートストーリーは、大阪の時計店【ウオッチコレ】メールマガジン『ブリリアントタイム』に掲載されています。

ショートストーリー, 世にも奇妙な物語

「下手な考え休むに似たり」
父はよく、ぼんやりと考えごとをしている私を見ると、そう言ってからかった。

その度に「失礼ね!」と口を尖らせたものだったが、今は、父が言う通りだと思う。

12年前の年賀状が母に投函されてしまってからずっと、
善後策を考えているけれど、名案が突然浮かぶわけもない。

ボーっとしているようにしか見えない私の様子は、
それこそ、休んでいるよりもっと役に立たない状態だった。

「はぁ… 」

またため息が口をついた時、ライティングデスクの引き出しがガタガタを動いた。

何?

ギョッとして振り返った私は、そこに見えるはずなど無いものを目にして、
考え事をし過ぎたせいで頭がおかしくなってしまったかもしれないと心配になった。

子供の頃から何度も見たことのあるそのずんぐりむっくりとした体、
特徴のあるダミ声……

引き出しから体半分を突き出しているのは、まぎれもなく、
あの、“ドラえもん”だった。

う…そ。

人は本当に驚いた時、声を出すことすら忘れるというのは本当のようだ。

「あれ、おかしいなア」

ドラえもんは短い手で頭をかきながら、ちょっと困った顔をしている。
私に気づくと、テレビの中からしか聞こえたことのなかった、あのフレーズを口にした。

「ボク、ドラえもん」

うわー!言った!!

一瞬、自分の置かれた異常な状況さえ忘れ、手放しで嬉しくなってしまった私は、
やっぱり大人になりきれていないのかもしれない。

「君は誰?」

ドラえもんは、
自分が未来においてポピュラーに実在するロボットだということ、
その容姿は、大ヒットした20世紀のマンガを元に形づくられていること、
彼の時代には、いくつもの細な規則を覚え、訓練を受けて免許を取れば
「タイムマシーン」を操縦することができること、
ただし、その操縦はきわめて難しく、今回のように本来行きたかった所とは
別の場所に飛び出してしまうことも決して珍しくないことなどを、
のび太君にひみつ道具の説明をするときと同じように教えてくれた。

驚きが納得に代わると、「渡りに船」とはまさにこのことと、
さっきまでの消沈した気分が晴れ始めた。

「ねえ、ドラえもん、お願いがあるの。私をそのタイムマシンに乗せてくれない?」

彼のタイムマシンに乗せてもらって、母が年賀状をポストに投函する前の時間
まで戻ろうと考えたのだ。

いや、どうせならば12年前に戻って、リアルタイムであの葉書を投函するほうがいいかもしれない。

とんでもないお願いをされて、頭をかきながら考え込んでいるドラえもんを横目に、
私は、人生をやりなおせるかもしれない期待に大きく胸を膨らませ、
体はすでにタイムマシーンの乗り口へと向っているのだった。

『タイムマシン 最終話』に続く