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Happyの予感, クリスマス, ショートストーリー

「うそだろ?……」

茫然と立ち尽くすアイツに、皆があわれみの表情を向ける。

「おまえ、ついてねぇな」

ポンと肩を叩いた先輩は、自分が行かなくて済む安堵でにやついている。

「悪いな」「申し訳ない」「よろしく頼む」

次々に声をかけられながら、アイツはン千万の商談がポシャリそうに
なった時よりもっと困った顔をしていた。

「俺が代わりに行ってやるよ」

そう声をかけると、口をあんぐりとあけて驚いている。

そりゃあ、そうだろう。オレだって、秋に結婚したばかりの新婚で、
カミさんの腹には子どもがいる。

身重の妻が、知り合いも少ない東京で初めて迎えるクリスマスだというのに、
旦那が5日間も留守にするなんてありえない。と普通なら思うだろう。

しかし、アイツだって、去年は付き合いたての彼女を置いて、
ひとりで雪の田舎にこもるという、あり得ないクリスマスを過ごした。

俺はフラれることを承知で沈んでいる彼女を食事に誘い、
案の定見事玉砕して、ひとりでヤケ酒を飲んだおかげで、
今のカミさんと知り合った。

世の中、何が幸いするかわからないものだ。

馬鹿正直なアイツは、まだ、彼女にプロポーズさえしていない。

アイツのことだから、どうせ今年のクリスマスに……
なんて考えていたのだろう。

そのクリスマスを、また、東北の雪ン中で過ごすことになった。
なんてなったら、彼女だって、もう待っていてはくれないかもしれない。

「オレが行くからいいよ。オマエの代わりだって言ったら、
カミさんだって納得せざるを得ないだろうし、大丈夫だよ」

アイツの顔に少しずつ表情が戻ってくる。

「本当にいいのか?」

「ああ、いいよ」

「雪の他には何もないぞ」

「そうらしいな」

「もし、おまえのいない間に奥さんに何かあったらどうするんだ?」

「その時はオマエがなんとかしてくれよ」

「そ、そうだな……。ありがとう!恩に着るよ!」

今頃アイツは、彼女に指輪を渡しているだろうか。

奮発して予約した店からは、イブの夜冬の花火が見えるらしい。

シャンパンと花火と彼女の笑顔……
お膳立てはバッチリだから、きっとうまくいくだろう。

「ほっんと、すごい雪!それに、誰もいないし、何にもない所ね」

「ちょうどいいじゃないか、仕事中にこんなことができるんだから」

オレは窓の外を眺めるカミさんを抱き寄せてキスをした。

代わってやるとは言ったけど、誰もひとりで来るとは言ってない。

雪に閉ざされた田舎の事務所で、5日間の電話番。

かかってくるかこないかもわからない数本の電話のために、
本社が毎年人をやるのは、ここにかかってくる電話を発端に
大きな商売が始まったことが、一度や二度じゃないからだ。

携帯電話の電波もとどかないような場所で、
雪景色だけを見ながら、ひたすら電話を待つだけの事務所。

ひとりなら監獄だ。

でも、新婚のカミさんと一緒なら……

「いやン、ダメよ、あっ……」


このショートストーリーは、大阪の時計店【ウオッチコレ】メールマガジン『ブリリアントタイム』に掲載されています。

クリスマス, ショートストーリー, 恋するキモチ

「本当にいいのか?」

「ああ、今年の東北出張は俺が行くから安心しろ」

毎年この時期にある東北への出張は、クリスマスを挟んだ5日間。

当然、家族や彼女のいる奴はもちろん、特に予定のない奴だって、
雪ばかりでイルミネーションもないような田舎には行きたがらない。

誰が行くかはくじ引きで決めるのが常だった。

だが、今年は、俺が自分から行くと言いだしたので、
部内にざわめきが起こった。

こちらに居れば彼女に会いたくなるし、
会わなくても電話してしまいそうだ。

だが、あの田舎なら、携帯の電波さえ、まともに入らないだろう。

俺の彼女は、自分のことを、平凡でつまらない女だと思っているようだが、
もちろん、そうじゃない。

取引先の業務部にいる彼女のことを狙っていた男は、
この部署だけでも4人いた。

いや、今だって、諦めていない奴がいるかもしれない。

もちろん、俺もそのうちのひとりだったし、あいつもそうだった。

話が急展開したのは、夏の暑さがようやくひいた9月最後の週末。
あいつと二人で飲みすぎて、どちらも彼女に本気だということがわかった。

男らしく正々堂々と戦おうじゃないかと誓いあって、
どちらが先に告白するかを、じゃんけんで決めた。

あんなに真剣にじゃんけんしたのは、
ビックリマンチョコのレアシールを、誰が貰うかで争った
小学校のとき以来だった。

先に告白する権利を得たのは、俺の方。
そして、彼女の争奪戦に勝ったのも、俺だった。

あいつは、告白するチャンスさえ失くして、
彼女のことはきっぱり諦めると言った。

ただし、俺たちはこんな約束もしていた。

例えどちらが勝ったとしても、
相手に敬意を表して、今年のクリスマスはひとりで過ごすこと。

簡単な約束だ、とその時は思った。

だが、彼女と付き合い始めると、ふたりで迎えるはじめてのクリスマスを
彼女がどれほど楽しみにしているのかが分かって、約束を後悔した。

泣きながら「来年……」なんて言い出したときには、
すぐに抱きしめて「冗談だ」と言い、
約束なんて忘れたふりをしようかと思った。

それでも俺は平静を装い、彼女を抱きしめるのも我慢して、
「来年のクリスマスはどんなことがあっても一緒に過ごそう」
と誓った。

「来年……来年……くそぉ、早く来年にならないかなぁ」

雪の他には何も見えない窓の外を眺めながら、
うわごとのように「来年」を繰り返す。

笑えるくらいに何もない田舎での5日間は、
精神修行になるのではないかと思う。

「来年は彼女と過ごすぞぉ!! 」

ひとりっきりの事務室で、天上を向いて叫んだ。

このショートストーリーを掲載のウオッチコレメールマガジン「ブリリアントタイム」は、隔週金曜配信中です。

クリスマス, ショートストーリー, 恋するキモチ

「えっと……あの、じゃあ、来年のクリスマスは一緒に……」

なんとかそこまでは言葉にしたけれど、その先は嗚咽になった。

涙がこらえられなかったから。

この先一生会えないというわけでもないんだし、
クリスマスを一緒に過ごせないくらい、大したことではない。

そう自分に言い聞かせようとしても、溢れる涙が止まらない。

「ごめん……なさ…ひぃっく」

何年も片思いしていた彼と、実は両想いだったことが分かったのは、
良く晴れた空が嘘みたいに青かった10月の日曜。

世界中のラッキーを一人占めしたんじゃないかと思うくらい幸せだった。

でも、その幸せは、翌日にはすぐ不安に変わって、
夢を見たんじゃないだろうか?とか、
からかわれただけだったのかもしれないとか、
何か勘違いしている可能性もあるし。などと考え始めた。

不安が襲ってくる度にじっと覗き込んだ彼の瞳は明るい茶色で、
一点の曇りもなかったけれど、
不安は解消するどころか、日増しに大きくなっていった。

彼と一緒に出掛けると、綺麗な女の子たちが彼のことを見ている気がして、
こんなに素敵な彼と自分は、釣り合わないように思えて仕方なかった。

新しい服を買っておしゃれをしても、頑張ってメイクしても、
料理を習っても、スポーツクラブに入って少し痩せても、
不安はちっとも消えなかった。

片思いのまま、ときどき目が合うのを喜んでいた方が良かった。

そんなふうにさえ思い始めた12月、
一週間ぶりのデートで彼が口にした言葉に叩きのめされた。

「あのさ、クリスマスは会えそうにないんだ」

<ほらきた!>

心の中の自分が、したり顔で言った。

<ほかの女と会うからに決まってる!>

追い打ちをかけるように続ける。

(そうやってすぐ決めつけるのは良くないんじゃないかなぁ……)

弱々しい声でもう一人の自分もつぶやく。

(たまたまクリスマスに何か用事があるのかもしれないし……)

<付き合って3か月目の恋人に会う時間もないほどの大切な用事って何?>

(そ、それは……)

いじわるそうに言われると、もう一人の自分は黙りこんだ。

「……えっと……あの、じゃあ、来年のクリスマスは一緒に……」

長い長い沈黙の後、ようやく絞りだすことができたのは、
来年の約束だった。

どうして会えないの?だとか、代わりにいつ会えるの?だとか
聞くべき質問はいくらでもあったはずなのに。

彼はちょっと驚いた顔をした後微笑んで、

「わかった、約束するからもう泣かないで。
来年のクリスマスはどんなことがあっても一緒に過ごそう」

と言った。

彼は嘘をつかないひとだ。

これで、すぐに振られても、来年のクリスマスにだけは、
もう一度会えると思った。

少し安心して、また涙が出た。

このショートストーリーを掲載のウオッチコレメールマガジン「ブリリアントタイム」は、隔週金曜配信中です。

ショートストーリー, 世にも奇妙な物語

ガシャーン!

トレイから滑り落ちたカップやお皿が、お互いにぶつかりあって派手な音をたてた。

典子は「ああっ!」と叫んだ口の形のまま、泣きそうな顔で床に座り込んでしまった。

「憧れだったマイセンなのよ、これを一式揃えたくてパートを始めたようなものなの」

そう言いながら取り出したティーカップは、一度も紅茶を注がれないままゴミ箱に送られた。

すっかり落ち込んでしょげかえる典子を見て、由香里は、昔母から聞いたある話を思い出した。

「ね、典子、母から教わった話なんだけど、大切な物が壊れたりなくなったりするのはね、物がその人の身に降りかかるはずだった災難を代わりに引き受けてくれた時なんですって」

「マイセンが何か私の身代わりになってくれたっていうこと?」

「そうよ。……私の母によると、だけれど。」

「そういえば由香里のお母さんって、子供の頃からよくそういう類の話をして失敗を慰めてくれたっけ」

典子は一瞬懐かしそうな表情をすると、「紅茶、入れなおしてくるわ」と言って立ち上がった。

典子が入れなおしてくれた紅茶とケーキでお喋りをして、じゃあと玄関を出た時、外はもう暗くなりかけていた。

「また来てね」と手を振る典子のエプロン姿に、しばらくしたら帰宅するご主人の姿を想像した。

先に結婚して主婦になった典子を訪ねる度に、由香里も早く結婚したいと思ってしまう。

東京の由香里が大阪にいる恋人晴樹と会えるのは月に一度がやっと。

たいていは金曜の夜仕事の後に名古屋で落ち合い、週末を一緒に過ごして月曜にはまたそれぞれの職場に戻る。

名古屋駅で二人別々のホームに向かう時は、本当に後ろ髪を引かれる思いで、ドアが閉まる寸前に飛び乗ることもよくあった。

次の逢瀬の時もやはり、切なく別れて帰るのだろう。

晴樹と手を繋いだまま、同じ方向の電車に乗る日はいつになったら来るのだろう?

その夜、由香里は晴樹と過ごす夢を見た。

晴樹が何か言おうとしているのに、発車のベルが邪魔をして聞こえない。

晴樹、何?何て言ってるの?

このベルさえ止まれば晴樹の言葉が聞こえるのに……晴樹、もっと大きな声で言って!ねえ、晴樹……それにしても煩い音……

ルルルルルル……

はっと気づくと枕元の目覚まし時計が鳴っていた。

**********

晴樹と見詰め合いながら、由香里は幸福の絶頂いた。

ふと視線を投げた窓の外で、夕闇が空を薄紫に染めているのを見て、先週の今頃、典子のエプロン姿を羨ましく思いながら、夕暮れの道を歩いていたことを思い出した。

これからは自分も、夕暮れ時にはエプロンをしてキッチンに立つことになるのだと思うと、体が震えるほどの幸福感が込み上げてきた。

幸福な気分の震源地は左手の薬指。

そこには、晴樹から贈られたばかりの、ダイヤの指輪が眩く輝いていた。

「しあわせ」

思わず呟いてしまった声に、晴樹がにっこり微笑んだ。

5時間後、いつものように別々のホームに向かう私の気分はいつもと少し違っていた。

確かな約束ができ、一緒に帰る日も近いのだと思うだけで、こんなにも違うのかと自分でも可笑しくなるほどだった。

乗車口で立ち止まって、晴樹の向かったホームをもう一度振り返り、満たされた気持ちで左手に視線を移した時、心臓が止まりそうになった。

大切な指輪が無い!

ついさっきまで確かに左手に輝いていたはずの、幸福な未来への切符がないのだ。

確かに少しゆるかったけれど、自然に抜け落ちるなんて考えもしなかった。

どうしよう!?

鳴り始めた発車のベルに背を向けて、今来た道を逆戻りした。

どこで落としてしまったのだろう?

暑くもないのに顔が熱り、セーターの中で体が汗ばんでいた。

涙目になって駅中を探し回り、届出をした後、通った道をそのまま遡って探し歩いた。

タクシーを拾って晴樹と食事をしたレストランに行き、事情を話して店内を探してもらった。

ここでも見つけることが出来ず、とぼとぼと店を後にすると、とうとう涙を抑えきれなくなった。

晴樹になんて言えばいいのだろう?

その時、当の晴樹から携帯にコールが入った。

「もしもし……」

涙声で電話に出ると、晴樹が思いっきり安心した声で言った。

「よかった!由香里は大丈夫だったんだね。恐かったろう?でも、無事で本当によかった!」

晴樹の言っていることがよくわからず聞き返すと、晴樹は新幹線車内に流れる電光掲示板のニュースで、私が乗るはずだったのぞみ156号が大きな事故に遭ったと知り、慌てて電話したのだという。

詳しいことはよくわからないけれど、車両が横転して死者も出たらしく、乗客乗員の半分以上が怪我をしているということだった。

うそ!?

もしも指輪を失くさなかったら……

由香里は横転した車内と大怪我をした人たちを想像してゾッとした。

あっ!……もしかして……

先週、自分が典子に言った言葉が突然思い浮かび、指輪が知らないうちに抜け落ちていたことへの不思議な気持ちに納得がいった。

いろいろな気持ちが混ざりあって、涙を止めることが出来なくなった。

晴樹には何から話そう?

電話の向こうで私の名前を呼ぶ愛しい人の、安堵と困惑が混じった表情を思い浮かべながら、涙声のまま話し始めた。

「晴樹、あのね……」

「うん、うん」と穏やかに頷く晴樹の声を聴きながら、由香里は、しっかりと手を繋いで一緒に歩く、未来の晴樹と自分の姿が見えたような気がした。


このショートストーリーは、大阪の時計店【ウオッチコレ】メールマガジン『ブリリアントタイム』に掲載されています。