「週末は嫌いよ」
拗ねた口調でそう呟く奈々子の横顔を見ながら、
どんな表情も可愛いなと、また愛しくなる。
40も後半にさしかかったオヤジに、
どうして奈々子のような子が惚れたのかは分からない。
ただ、奈々子は私に妻子がいることを承知した上で、
それでも付き合いたいと言い、
迷惑は絶対にかけないから、好きでいさせて欲しいと懇願した。
奈々子くらいの美人であれば、同じ年頃の男たちでも
よりどりみどりのはずだというのに。
事実、職場でも密かに奈々子を狙っている男を、
私は何人も知っている。
奈々子が私の女だとも知らずに……。
若くて美人な上に分別がある女に、
あなたなしじゃ生きていけないとまで言われると、
男としても自信が湧くのは当然のこと。
諦めかけていた出世の道も,また開けたりするから面白い。
私は奈々子と付き合い始めてから、2階級昇進して
部長と呼ばれる立場になった。
給料も上がって、生活にゆとりが出てくると、
妻にも優しい言葉をかけてやれるようになる。
ここのところずっと機嫌の良い妻は、以前より若返ったように感じる。
その上、学生時代にやっていた趣味の陶芸を再開したとかで、
自作の器に凝った料理を盛り付けて出すようになった。
これがまた旨くて、晩酌のビールが楽しみになる。
こうなると、自宅にも早く帰りたくなるが、
もちろん、奈々子と過ごす時間も確保したいわけで、
定時を過ぎたらもう1分たりとも会社に居たくないと思う。
私は仕事を早く終わらせられるよう、努力と工夫を重ね、
これが功を奏して業績はさらに上がり、社長の覚えも良くなった。
なんて充実した人生なんだろう。
仕事と家庭と恋愛、全てに満足できるなんて……。
妻の上手いつまみでビールを飲みながら、
私はしみじみと思った。
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「奈々子さん、お世話になりました。」
女は、約束の報酬を支払いながら、奈々子に礼を述べた。
「主人ったらすっかり人が変わって、私にも子供にも優しくなったのよ。
先日なんて、ほら、これを……。」
女は、嬉しそうに、夫が買ってくれたという指輪を見せた。
「お役に立てて光栄です。」
奈々子は頭を下げて女から札束を受け取った。
「それにしても、最近はいろんな仕事があるのねぇ。
最初に聞いたときはそんな馬鹿な話と思ったけれど……
こんなに上手くいくなんて、お願いしてみて良かったわ」
女は本当に満足そうだった。
奈々子にはまだ、この女の夫に別れを切り出すという仕事が残っているが、
いつものようにやれば問題もないだろう。
奈々子は、報酬がよくて、自分にしかできない
この特別な仕事をとても気に入っている。