今回の採用試験結果につきまして、慎重に検討いたしましたが、
残念ながら、ご期待に添いかねる結果となりました。
なお、今後のご健闘、ご活躍を心からお祈り申し上げます。
「今後のご健闘、ご活躍、か…… はぁ」
博也は便箋を放り投げて、大げさな溜め息をついた。
不採用の通知はいったいこれで何通目だろう?
もう、数えるのも嫌なほど、たくさんあることだけは確かだった。
不景気だ、就職難だ、とは聞いてはいたけれど、これほどまでとは思っていなかった。
だいたい博也には昔から考えの甘いところがあった。
いわゆるボンボン育ちのため、幼稚舎から大学まで一環したエスカレーター式の学校に入り、
親の豊かな経済力で、競争社会の厳しさに触れることもなく学生時代をのんびりと過ごした。
そして大学1年の夏、自在に英語を操る年上の女性に惹かれ、突然海外留学を思い立ち、
父親に頼んでアメリカの片田舎にある二流大学に編入したが、
博也はそこで英語を学ぶ代わりに、ドラッグと夜遊びといくつかのスラングを覚えて帰国した。
それでも博也は、復学した日本の大学で残り2年を謳歌して、
卒業後は親父のツテでも頼ってどこかに就職すればいいと、
自分の未来について微塵の不安も感じていなかった。
けれど……
実際にはもうその頃から、父親の務める会社には不穏な陰が差し始めており、
博也が大学3年の秋、会社は大手の外資系企業にあっさりと吸収合併されてしまった。
そして同時に、これまで役員だった博也の父は、規定の退職金も受け取れぬまま、解雇処分になったのである。
それなりの蓄えもあった博也の家は、生活に困るようなことはなかったものの、
再就職の意思を見せずに早々と隠居を決め込んだ父は、
これまで好きなように甘やかしていた博也にも、これを機に自立することを促した。
住食の面倒だけは見てやるから、今後はそれ以外を全て自分で何とかしなさい、と。
父親のカードが使えなくなり、愛車の給油すらままならなくなって、
博也ははじめて、これまで自分がどれだけ毎日をだだ気楽に過ごしていたかを思い知らされた。
勉強やスポーツも、そこそここなしてはきたものの、
自分にははっきりとした将来設計もなければ、これといった夢も無かったことに、ようやく気づいて唖然とした。
さらに、父を頼ることが出来なくなって、慌てて始めた就職活動は、
当然、かなり出遅れており、次々と届く不採用通知に、博也は溜め息を重ねることになった。
ソファに体を投げ出して、博也は自分の学生生活や、就職活動について振り返った。
(ああ、せめてもう3ヶ月早く就職活動を始めていれば……)
強く後悔をしながらも、元来が呑気な性格の博也は、そのままソファで居眠ってしまった。
ミーン、ミーン、ミーン……
顔に当たる強い日差しに目を開けると、体がじっとり汗ばんでいる。
起き上がって窓を開けると、そこには、陽炎が立ち昇る夏の景色が広がっていた。
「そんな、馬鹿な……」
咄嗟に見た腕時計のカレンダーは、8月を示していた。
こんなことって!?
そのありえない状況を理解するため、博也は様々な現状の検証を始めた。
父親が勤めていた会社に電話をしてみると、社名は以前のもので、父親はまだちゃんと役員をしていた。
そして、たくさん届いていたはずの不採用通知は一通も見当たらなかった。
あれこれと考えていた博也は、「よし」と頷くと、もう一度ソファに倒れこんでゆっくりと目をつぶった。
あることを、強く念じながら……。
チチチチチ……
鳥の声に気づいた博也は、額にかかった柔らかな髪を払って目をこすった。
その細い手首に、まだ腕時計ははまっていない。
丸い頬は薔薇色で、ふっくらとした唇が愛らしい口元には、ひと目でわかる育ちの良さが漂っている。
壁のカレンダーの丸印は、今日が幼稚舎の卒園式であることを示していた。
博也は、冷たい水でバシャバシャと顔を洗って、タオルで水気をふき取りながら、
鏡に映った自分に向かってにっこりと笑いかけた。
(どうせなら、これくらいからやり直した方がいいだろう?)
「博くん、お食事の用意ができてるわよ、早くお着替えしてしまってね」
キッチンでフルーツを盛り付けながら、ママが僕に話しかけた。
「はーい」
博也はボーイソプラノの可愛い声で返事をして、子供部屋へと走っていった。