「スズキさん、お疲れ様です!」
エレベーターに乗り合わせた後輩が、明るい声で挨拶をする。
「ああ、お疲れ様 」
「明日から連休ですね。スズキさんはどこかに行かれますか?」
何となくウキウキとした調子で後輩が尋ねる。
先月子供が生まれたばかりの彼は、連休が待ち遠しかったに違いない。
「実は……田舎で畑仕事をしようかと思ってるんだ」
「……い、田舎ですか!?」
後輩が驚いて次の言葉が出なくなっている間に、
エレベーターは、1階に到着してしまった。
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「……なんて言うのよ、困っちゃった!フフフ」
おしゃべり好きなママ友との電話に疲れてきて、
そろそろ切りたいなと思っていると、彼女がふいに話題を変えた。
「あ、そういえば、スズキさん、
明日からの連休、何かご予定はある?」
最近買った高価な絵を買ったらしい彼女は、
私を自宅に招いて見せたいのかもしれない。
「実はね……田舎で子供に川遊びをさせる予定なの」
「えっ!?……」
電話の向こうで息を飲む音が聞こえて、
しばらく沈黙したかと思うと、
「あ、えっと……夫が帰ってきたみたい。
それじゃ、またね」
そう言って、そそくさと電話を切ってしまった。
想像もできなかった答えに、話をどう続ければいいのか
わからなくなったのだろう。
彼女の反応も無理はない。
私たちだって、田舎に出かける幸運を未だに信じられないのだから。
地上の99%が中央制御された人工都市になっている今、
本物の土と川がある「田舎」は、わずかに残された地上の楽園だ。
田舎では、畑という土の中にある“野菜”を手で掘り出して食べたり、
透明な冷たい水が流れる“川”に入って遊んだりできるという。
まるで夢のような場所だ。
そして、そんな田舎で連休を過ごせるのは、
相当なお金持ちか、大成功した有名人か、
私たちのように、宝くじで入場券を手にした人だけなのだから。