「本当にいいの?」

自分だってすすめていたくせに、いざ、彼女が「決めた」と言うと、
大きな心配が頭をよぎって、再確認をしたくなる。

「いいのよ、もう、決めたから。」

他人事とは思えないほどの切なさが湧き上がってくるのは、
彼女が手放そうとしているこの恋を、始まりからずっと見ていたから。

大恋愛だったよね。

お客を装って、興味もない商品の説明を、何度も聞きに行ったっけ。
彼のいるお店に寄るために、通勤ルートも変えたっけ。
いつしか常連客になって、
こっそり見つめ合うようになって、
たくさん話をするようになって、
最初のデートに誘ったのは、どちらからだったかしら?

あんなにモテてた彼が、彼女だけのものになるのまで、
そんなに時間はかからなかった。

ちょっとした余所見さえ許さなかった頃の情熱、すごく羨ましかったのよ。

時間がたくさん流れたのね。

人の気持ちは変わるものだと、よく知っていたはずなのに、
思い出の中の情景が、次から次へと溢れだして、
納得するのにちょっと手間取る。

本人はもう、ちゃんと納得しているのに、ヘンね。

いつ頃からだったのかしら?
二人の生活が、悩みや苦しみに包まれるようになったのは。

私なんかには理解しきれない、いろんなことがあったのでしょうね、
少し痩せて疲れた笑顔が、痛々しい時もあった。

たくさん笑って、たくさんキスして、たくさん泣いて、
たくさん怒って、たくさん話し合って、たくさん……

いろんなたくさんを乗り越えて、とうとう心を決めたのね。

ご主人からも、報告の電話がありました。

僕が幸せにしてあげられなかった彼女のことを、どうぞよろしくお願いします、と。
これからもずっと、彼女を見守ってやってください、と。

ご主人のこと、少し見直しました。

彼女が彼と一緒に過ごしたたくさんの時間は、
決して間違っていなかったと思う。

「いろいろと心配かけてごめんね、ありがとう」

そう言って微笑んだ笑顔は、まるで恋の始まりを告白したあの日のように晴れやかで……

さよならの向こう側には、きっと、新しい幸せが待っているのだと思う。

 

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