その店は、住宅街の奥の路地裏にひっそりと建っていた。
入口の洒落たドアには、金色の文字で店の名前が書かれている。
昨日、飲み屋で意気投合した男が教えてくれた店だ。
男が言っていたあり得ない話の真偽を確かめるため、
今日は仕事を早々に切り上げてやってきた。
ずいぶんわかりにくい場所だったが、確かに店はあった。
だが、まだ、男の話が本当だと決まったわけではない。
恐る恐るドアを開けると、「いらっしゃいませ」という声がした。
女だったら惚れてしまいそうな低く魅力的な声だ。
カウンターに腰かけると、端正な顔立ちのマスターに、
「何になさいますか」と訊ねられた。
喉がカラカラだったのでビールを注文し、ぐっと一杯のみ干して、
ようやく人心地がついた。
落ち着いて店内を見回すと、客は俺一人だ。
趣味の良い内装だが特別高級というわけでもない、
どこにでもありそうな普通のバーだ。
2杯目のビールをちびちびと飲みながら、
俺はどうやって確かめようかと考えを巡らせた。
本当に、ここは男が言っていたような店なのか?
3杯目のビールグラスを空にして、やっとマスターに話しかけた。
「あのう……」
ちょうどその時、さっきまでダンディでクールだったマスターが、
突然オネエ言葉でまくしたてた。
「ああ!もう我慢できないっ!アンタも仲間なんでしょう?
最初からずっと待ってたのに、ちっとも切り出さないんだからぁ!
明日仲間が行くからよろしくって電話貰ってたから知ってたのよぉ」
そう言いながら頬の肉をグイッと引っ張ると、
端正な顔立ちのマスクが外れて、
ただれた皮膚と眼球の落ちかけた目が現れた。
俺は思わず立ち上がって、「マスター!?」と叫んだ。
「大丈夫よ!今日は特別な日なんだから、本当の姿を見せてもいいの」
眼球が留まっている方の目を閉じてウインクをすると、
手を伸ばして俺の髪を鷲づかみにし、頭の皮をずるりと引きはがした。
俺の頭がふっと軽くなって、半分むき出しになった頭がい骨と、
ぱっくりと割れて血が固まりかけた額の大きな傷が現れた。
「それより、早く街に繰り出しましょうよ!」
そうか!その言葉で俺はようやく、今日が何の日だったか気付いて、
マスターと顔を見合わせながら、あの合言葉を言った。
「Trick or Treat!」
「Trick or Treat!」