ピンポーン、ピンポーン!

チャイムの音にドアを開けると、そこには響子が立っていた。
頬をわずかに染めながら、興奮気味の声で話し始める。

「祥子ちゃん、朝早くからごめんね、親友のあなたにには一番に知らせたくって……」

こうして響子が訪ねてくるのは、今日でもう5日目、
私は少し悲しくなりながら、5日前に響子のおばさんとした会話を思い出していた。

「祥子ちゃん、響子の様子がおかしいの……
昨日あんなことがあって、ショックだったのはよくわかるけれど、それにしても、普通じゃないの……
おばさん、もう、どうしていいかわらかなくって……。
祥子ちゃん、おばさんを助けて!」

おばさんは涙ぐみながら、響子の異変を訴えた。

本当ならば響子は今頃、新婚旅行でドイツの街にいるはずだった。

響子を幸せの絶頂から突き落とし、こんなふうにしてしまったのは、あの男だった。

青い空が眩しいその日は、響子が新しい門出を飾るのに絶好の美しい日曜日。
真っ白なドレスに身を包んだ響子は、その細い指に光るダイヤモンドリングと同じくらいに輝いていた。

けれど……
式の準備を整えた響子がいくら待っても、あの男はこなかったのだ。

式場側の判断で、招待客には上手く言い訳をして帰し、
それでも、響子はドレスを脱がずに、日が沈むまであの男を待っていた。

下唇をぐっとかみ締めて、ダイヤのリングを見詰めながら……。

響子がダイヤの指輪をそっとはずしたのは、黒い空に丸い月が昇った頃、
警察からあの男についての連絡が入ったあと。

あの男が、前科3犯の結婚詐欺師だったことがわかったから。

響子は、気丈にも、浮かんだ涙をぬぐい去って、ずっと付き添っていた私に言った。

「祥子ちゃん、ありがとう、いろいろと心配をかけてごめんね。
私は大丈夫だから」

大丈夫なはずなどない、とわかってはいたけれど、
それ以上どうすることもできないまま、私は自宅に戻ったのだった。

翌日、響子は朝早くから私の家にやってきて、
偽物だったダイヤのリングを見せながら、こう言ったのだ。

「祥子ちゃん、朝早くからごめんね。親友のあなたには、一番最初に知らせたくって……
昨日、彼からプロポーズされたの」

響子は本当に昨日プロポーズされたばかりのような様子で、私にその一部始終を話し、
話し終えると、軽やかな足取りで帰って行った。

動揺したおばさんがやってきたのは、それからしばらくしてから。

一睡もできないで泣いていたらしいおばさんと響子をともなって、
病院の門をくぐったのは翌日のこと。

診断は、強度のショックによる一過性の記憶喪失だったが、
彼女の精神状態は非常に不安定で、今後どんな症状が出てくるかわからないため、
あまり反論したりせず、穏やかに調子を合わせ、その様子を見守るようにとのことだった。

そして……
こうして響子が偽の婚約指輪を見せにきたのも、今日で5日目。

彼女の時間は、あの男がプロポーズした日の翌日のまま、
止まってしまっているようだった。

私は、涙ぐまないように注意しながら、響子の話に頷いていた。

そこへ、奥から母の呼ぶ声がした。

「祥子ちゃん、祥子ちゃん、大変よ!」

玄関まで私を呼びに来た母は、響子と話している私を見ると目を見開いて後ずさりした。

「祥子ちゃん、あなた、いったい誰と話しているの……? 」

その時、リビングのテレビからは、ニュースを読むアナウンサーの声が聞こえていた。

「今朝未明、東京都多摩川のマンション屋上から女性が身を投げ死亡しているのが発見されました。
女性は一週間前に結婚詐欺の被害に遭っており……」