殺しても死なないくらいタフ。

誰もがそう思っていた部長が、あっさりと逝ってしまった。

「ちょっと具合が悪いから医者行ってくる。」

月曜の夕方、珍しく医者なんて言葉を口にした部長は、
次の日も、その次の日も、結局出社しなかった。

訃報が届いたのは、木曜の朝。

こんなになるまでよく仕事をしていられたものだと
お医者さまが呆れるくらい部長の体は悪かったらしい。

空っぽになった部長のイスをぼんやりと眺めなていると……

「おい」

と声が。

えっ!?

あたりを見回して驚く私に

「俺だよ、俺!」

と声が続ける。

考えられないことだが、部長の声だ。

混乱する私の気持ちを見透かすように、声は少し申し訳なさそうに、

「驚かしてすまん。だが、どうしても君にやってほしいことがあるんだ。」

すると、ドサドサッと書類の山が崩れて、
目の前に今日付けで処理が必要な書類が現れた。

ありえない。

理性がそう否定しても、現に書類が現れて、声が指示を続けている。

怖い、という気持ちがないと言ったら嘘になる。

けれど、もともとあまりに急で、

死んだことさえ信じられないくらいのところに
今度は声だけになって現れた部長が仕事をしろと言っているのだから、
驚きや混乱の方がはるかに大きい。

声だけになっても相変わらず強引で的確な指示に従って、
気がつくと夕方まで仕事をしていた。

急死した部長のデスクで一心不乱に仕事する私に、
声をかける勇気がある人は社内に一人もいなかったらしい。

それからも、声は定期的に現れて、

行き詰っている案件にアドバイスをくれたり
滞っている仕事を片付けさせたりした。

理解しがたいことだけれど、私はいつしかこの声の指示に慣れ、
時には軽口さえ叩きあいながら、仕事を素早くこなすようになった。

会社の昇級試験にも、声のおかげで、歴代最高点で合格した。

私は社内最年少の女性部長として、ちょっとした注目を浴びた。

「おめでとう。よく頑張ったな」

優しく温かい声が、そうねぎらってくれた。

今や私と一心同体となっている“声”は、かつての部下たちから、
再び「部長」と呼ばれることを、とても嬉しがっている。

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