フォローする

カテゴリー

ショートストーリー, バレンタインデー, リスタート

バレンタインの直前に失恋した。

デパートで3時間も並んで、ベルギーから来日している有名ショコラティエの
1粒550円もするチョコレートを買い終えた直後のことだった。

2年10か月も付き合ったというのに、最後は電話一本だなんて……。

私は昔からいつもこうだ。

高校2年の春、初めてできたカレと別れたのはクリスマスイブだったし、
遠距離恋愛していた恋人の浮気を知ったのは、バースデイの前日だった。

そう言えばあの時は……

納得できる理由も聞けないまま電話を切ってしまったせいか、
忘れていたはずの苦い想いや、悲しい気持ちがぶり返してくる。

過去にも何度も味わった、苦しくて切ない日々が蘇る。

またあんな時間を過ごすなんて……
だめだ、耐えられそうにない。

……。
……そうだ!もう死んじゃおう。

ふと思いついたのは、自分でも思いがけないアイデアだったけれど、
これを実践すれば、もう辛い時間を過ごさなくていいのだと思うと、
不思議な心地良さが感じられた。

ちょうど、このビルには屋上庭園がある。

エレベーターに乗って屋上庭園に行くと、
人目を盗んで柵を乗り越え、いつでも飛び下りられる体勢をつくった。

ほんの少し我慢すれば、もう二度と辛い目にあったりはしない。

1・2・3!
ギュッと目をつぶって飛び出すと、体がふわりと浮いた気がした。

ドン!
すぐにそんな音が聞こえて、記憶が無くなるはずだ。

……。

……。

……?

死の直前、時間は湾曲して流れの早さを変えると聞いたことがあるけれど、
それにしても、長い。

いくらなんでも、もう地面に激突していい頃だ。

おそるおそる目を開けてみると、周りは白いもやに包まれ、
都会の景色も、近づいているはずの地面も、どこにもなかった。

私の体は、何もない空間に浮いていた。

「君はそんなに簡単に死んじゃうんだ」

「あなた、誰?」

「僕は、神様。……まだ半人前だけどね」

「神様?にしてはイケメンね」

「ありがとう、よく言われるよ」

きっとここは、天国に違いない。

私の好みのど真ん中なルックスの神様がいる場所なんて、
夢の中か天国以外に考えられない。

「まだ死んでないよ」

私の考えを見透かすように、イケメンの半人前神様が言う。

「君、まだ死んでないから」

「どういうこと?」

「さっき言ったでしょ、僕はまだ半人前の神様だから、
一人前の神様になるためには、死ぬにはまだ早すぎる人間を、
10000人助けて、世の中の役に立つようなことをさせなきゃいけないんだ」

「それで私は何人目なの?」

「聞いて驚くなよ、記念すべき10000人目さ!」

「マジで?」

「ああ、マジで」

「じゃあ、あなた、もう一人前の神様になれたってこと?」

「いや、そうじゃない。ここからが大変なんだけど、
助けた人間が寿命を全うするまでの間に、
しっかり世の中の役にたってくれなくっちゃノーカウントなんだ。
実は、君の前に助けた10000人目の人間は、世の中の役に立てなかった。
だから、僕はまだ半人前。
僕が人間を助けることより難しいのは、助けた人間が強い心で生き抜いて、
世の中の役に立ってくれることなんだ」

「じゃあ、私に、強い心を持って世の中の役に立て、と?」

「そう!」

イケメン半人前神様は無邪気な笑顔で大きくうなづく。

その笑顔が本当に好みのど真ん中で、
さっき失恋したばかりということさえ忘れそうになる。

「ってことは、私が世の中の役に立てるよう、
あなたは何かサポートしてくれるの?」

「もちろん!君が生きている限り、ずっと見守って応援してるよ!」

胸を張って答えるイケメン神さまは、思い出したように続ける。

「ああ、ただ、僕のこと、君の方からは見えないかもしれないけど……」

「なーんだ。がっかり。あなたが人間で、私の恋人になってくれるなら、
どんなことでも頑張れるのに」

こんなあり得ない状況の中だと、普段なら決して言えないような台詞も
スラスラと言うことができる。

「僕はいつも君の傍にいるよ。見えないけど、感じてよ」

そう言いながらイケメン半人前神様は、私の右手首をぐっと掴む。

彼が指を離すと、右手首には腕時計をはめたように
くっきりと赤い痕が残った。

「ちょっと痛かった?ごめんね。これ、僕が傍で応援しているしるし」

いたずらっぽく言う顔が可愛くて、どきどきした。

「君が死ぬまで頑張ってくれるなら、僕も一緒に頑張れる。

もし、君が世の中の役に立って寿命を全うしてこの世を去る時には……
あ、いけない!時間だ!」

ドン!!

さっきまで感じられなかった重力が突然体に戻った気がした。

「大丈夫ですか?」「しっかりしてください!」

肩を揺さぶられて目を開けると、そこは屋上庭園だった。

体のすぐ横にある柵の向こうに、よく晴れた空が見えた。

私、どうしてここにいるんだっけ?

柵のところに、チョコレート店の紙袋があるのを見て思い出した。
柵を超えようとして、貧血でも起こしたのだろう。

ふふ。それにしても、失恋のショックでイケメンの半人前神様に
救われる夢を見るなんて……。

「すみません。もう大丈夫です」

起き上がろうとして手をついたとき、右手首に鈍痛が走った。

見るとそこにはまるで時計をはめたようにくっきりと赤い痕が。

まさか!?

でも…… もし、あの不思議な夢が本当の出来事だったとしたら、
私はいつでもイケメン半人前神様に護られていることになる。

そして、彼の神様昇格は、私の命の使い方にかかっていることになる。
彼は最後に、いったい何を言いかけたのだろう?

……。

……そうだ!

私がちゃんと世の中の役に立って、天寿を全うしてこの世を去る時には、
彼に美味しいチョコを贈ろう。

失恋ぐらいで死んでる場合じゃないな。

さあ、頑張って生きなくちゃ!

 

このショートストーリーを掲載のウオッチコレメールマガジン「ブリリアントタイム」は、
隔週金曜配信中です♪

ショートストーリー, バレンタインデー, 恋するキモチ

学校から帰ってきた娘が、ランドセルも下ろさないまま、
私に駆け寄ってきて、嬉しそうに言った。

「あつし君がね、これ、くれたの」

「どれ?」

娘の手の中にある、紙の切れ端のようなものをつまみ上げると、
それは小さな輪になっていて、
片側には赤鉛筆でぐりぐりと塗りつぶした赤い丸があり、
反対側には、みみずのはったような鉛筆の文字が書いてある。

「これ、なあに?」

思わずそう聞いてしまうと、娘はちょっと不満げな顔をして、

「指輪にきまってるでしょ!」

と怒鳴った。

ああ、指輪……。

言われてみれば、赤丸はルビーかなにかのつもりなのだろう。

「じゃあ、これは、なんて書いてあるの?」

鉛筆の文字を娘に尋ねると……

今度はちょっと赤くなって言う。

「あいらぶゆーよ。はずかしいから言わせないで」

そして甘えた表情で続けた。

「ねぇママ、バレンタインにあつし君にあげるチョコレート買ってもいい?」

なるほど、一番言いたかったのはそれねと納得して、

「オーケー!美味しいチョコを買ってあげるわ」と約束をした。

ようやくランドセルを置きに行こうとした娘が、
途中でもう一度駆け寄ってきて、

背伸びして私の耳に顔を寄せて、ひそひそ声で、

「あつし君ね、大人になったら本物買ってくれるんだって」

と、さっきよりもっと赤くなりながら言った。

私は、ほんの少し前まで赤ちゃんだったはずの娘が、
そんな約束をするほど成長したことに驚いた。

と同時に、たぶん履行されることはないであろう気の長い約束に、
全身で喜びを表現している娘の幼さが、愛しくてたまらなかった。

鼻歌まじりにランドセルを下ろす娘を見ながら、

娘のこれからの人生にたくさんの「あいらぶゆー」があることを願った。


このショートストーリーは、大阪の時計店【ウオッチコレ】メールマガジン『ブリリアントタイム』に掲載されています。

Happyの予感, ショートストーリー, バレンタインデー

久しぶりに定時で仕事を終えて、ショッピングでもしようと考えながら
外に出ると、思いがけないくらい明るい空が広がっていた。

春が近くなってる。

日が長くなったのに気づくのは、毎年決まってこの時期だ。

冷たい風にぶるっと震えて、身を小さく縮めながら、
いつも一番寒い時期に春を感じる自分に苦笑する。

女の子たちが連れ立って吸い込まれていくデパートのウインドウには、
赤やピンクのハートが溢れ、バレンタインが近いことを知らされる。

チョコレートを買わなくなってから、今年で何年目になるだろう?

反射的に目をやった時計は、彼とお揃いの機械式。

初めて買った、チョコレートじゃないバレンタインのプレゼントを
受け取ることなく、遠いところに行ってしまった彼。

あの年から、私はバレンタインが嫌いになった。

「藍沢さん!僕にもチョコレート買ってよ」

能天気な声に振り返ると、先月移動してきたばかりの高橋くんが
人懐っこい顔で笑っていた。

社内で唯一、私がチョコレートを買わないことを知らない男性。

「藍沢さんにそんな真剣な顔でチョコレートを選ばせる相手って、
どんな奴なんだろう?ちょっと羨ましいな」

ウインドウの前で黙って立ち止まっていたから誤解したようだ。

「別にチョコレート選んでたわけじゃないわ」

ぶっきらぼうに返事をして歩き出した。

「じゃ、今から一緒にメシでも食おうよ。まだ空も明るいし、なっ?」

一緒にご飯を食べることと空が明るいことの関係はよくわからないけれど、
にこにこしながら足早についてくる高橋くんを見たら、何故か笑みが込み上げてきた。

「そうね、じゃ、行きましょうか。まだ空も明るいし……」

広い空の西の端を、薄ピンクの夕焼けがわずかに染め初めていた。

春が近くなってる?

 

このショートストーリーを掲載のウオッチコレメールマガジン「ブリリアントタイム」は、
隔週金曜配信です♪