※この作品は、『怖い話』の続編です。ぜひ、あわせてお楽しみください。

駅で拾ったタクシーの運転手は、感心するほど礼儀正しく、
車内は清掃が行き届いていた。

こんな田舎の駅でも、いい運転手がいるものなのか。
いや、こんな田舎の駅だからこそ、いい運転手がいるのかもしれない。

俺は、これまでに何度も当たってしまった、たばこ臭い車や、
横柄な態度の運転手を思い出していた。

礼儀正しい運転手は、また運転テクニックも上級で、
振動を感じない静かな車内で、心地よく流れるBGMを聞きながら
すっかりくつろいだ気分になっていた。

昔の女にバッタリ会って、冷や汗をかいた出来事も、
こうして上手くかわした今は、もう過去になりつつある。

清潔なシートに身をゆだね、またうとうとしかかった瞬間、
キキーッという音がして、突然ガクンと身体が揺れた。

何事かと思ったら、フロントグラスの向こうに、
髪の長い女の姿があった。

白っぽい服を着て、雨などもう降っていないのに
なぜか全身がずぶ濡れだ。

「……!!」

あちらの世界からやってきたようにしか見えない女の様子に、
声にならない声が漏れた。

だが待てよ。良く考えてみれば、運転手は急ブレーキを踏んでいる。

……ということは、あの髪の長い女は運転手にもはっきりと見えている
ということだ。

つまり、女は普通の人間に違いない。
少なくとも、この気味の悪い女を見ているのは、俺一人ではない。

ところが……

運転手はブレーキを踏んだまま動こうとしない。

その上、肩を小刻みに震わせている。

「運転手さん、大丈夫ですか?」

俺も怖いが、俺以上に怖がっている運転手に声をかけると、
か細い声でこう答えた。

「お客さん、お迎えが来てしまいました。
ここから先には行けませんよ……」

「何を言ってるんですか?!」

こんなところで放り出されてはたまらない。

後部座席から身体を乗りだして運転手の肩を揺さぶった。

肩を揺さぶりながら、ふと目に入った運転手の身分証には、、
“田中正道”という名前が書かれていた。

「!!!」

その瞬間、昔聞いて、すっかり忘れていた噂がフラッシュバックした。

俺が清算した女が入水自殺したとかしないとかいう噂だ。

当時は「そんなバカな」と笑って聞き流した噂だったが、もしかして……

顔を上げると、髪の長いずぶ濡れの女が、俺の顔を見つめていた。

ふっくらとした唇が、「さあ一緒に行きましょう」と動いて、
細い指輪をはめた白い左手を、にゅっとこちらに差し出した。

「ぎゃああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………」


このショートストーリーは、大阪の時計店【ウオッチコレ】メールマガジン『ブリリアントタイム』に掲載されています。