※このショートストーリーは、単独でもお楽しみいただけますが、
先に『遠恋』から読まれると、よりお楽しみいただけます。
「また残業してるのか?」
部長の声にハッとして時計を見ると、10時を少し回っていた。
いつの間にこんな時間に……
「お前、最近少し痩せたんじゃないか?忙しいのはわかるけど、あんまり無理するなよ」
そう言って、コンビニのおにぎりを手渡された。
そういえば、今日は昼から何も食べてない。
部長が、「お先に」と片手を上げて出て行くと、オフィスにいるのは俺だけになった。
ここの所ずっと、こんなふうに残業をしている。
仕事に没頭でもしていた方が、気持ちが楽になるからだ。
それに、こうしてひとりきりになれば、結子が会いにきてくれるような気がする。
昨日もまた、結子の夢を見た。
夢の中の結子は、嬉しそうにも哀しそうにも見える表情で、
「忙しいのに来ちゃってごめんね」と言う。
抱きしめようと手を伸ばすけれど届かなくて、何度も大声で名前を呼ぶ。
結子!結子!結子!!
呼んでいるのに離れていくばかりで、どんなに走っても追いつけない。
途方に暮れた俺は声を限りに名前を叫び、自分の声で目が覚めた。
遠恋していた結子との結婚を決意したのは、昇進が決まった4月のことで、
7月の結子のバースデイにプロポーズするつもりだった。
少しでも良い指輪を買ってやりたくて、
毎週末会いに行っていたのを月に1度に減らして貯金した。
結子には仕事が忙しいせいだと伝えていたが、
6月最後の週末に届いた「どうしても会いたくて」という
LINEのメッセージには、最終便のチケットが写っていた。
まさか、その飛行機が……。
結子…… 結子に会いたいよ!
夢の中なんかじゃなくて、本物の結子に。
もう一度会って抱きしめられるのなら、幽霊だってかまわない。