フンフンフン……
Ah……真珠のピアス
瑞希はイヤリングが片方ないのに気づいて、ふと思い出した歌詞を口ずさんでいた。
恋人の心変わりに気付いた女が、自分がそこにいた証拠を残すためにわざとピアスを落とすという歌だ。
ひとしきり歌ったあと、その歌詞にハッとした。
もしかして……
今、恋人である勇次の家から戻ったばかりの瑞希は、今日の彼の態度と最近の様子を思い浮かべていた。
肩にアゴをのせて耳元でささやくわ
私はずっと変わらない
背中にまわす指の力とはうらはらな
あなたの表情が見たい
そういえば、彼は今日、明日の会議が早いからと、夕食の後瑞希をしばらく抱きしめただけで家に帰した。
こんなことは珍しい。
もうすぐかわいいあのひとと
引越しするとき気づくでしょう
勇次の会社では毎年3月に人事異動があって、今年、彼は遠い土地への転勤もありそうだと言っていた。
あと何年かしたら結婚したいと思っていたし、愛があれば遠距離恋愛だって平気だと思っていたけれど、あれは、それとなく別れをほのめかしていたのかもしれない。
古ぼけた広告でヒコーキを折ってみる
高台の部屋の案内
いつか住もうと云って微笑んだあの夢へ
せめてヒラリと飛んでゆけ
付き合い始めたばかりの頃、休日に住宅展示場のイベントを見に行ったことがあった。
ため息の出るような家をたくさん見た後、部屋に戻って広告を広げ、「瑞希はマンションと一戸建てのどっちがいい?」と訪ねられたことを思い出した。
あの時の勇次ったら、電卓を引っ張り出してローンの計算までしてたっけ。
瑞希は涙がこみ上げてくるのを感じた。
あの頃は、どんなに仕事が忙しくても、必死で時間を作ってメールを交わし、電話の声を聞いてからでないと眠ることさえできなかった。
どこかで半分失くしたら
役には立たないものがある
イヤだ!ヤダヤダヤダ!
勇ちゃんと別れてひとりになるなんて考えられない!
勇ちゃん、他の人を好きになんてならないで!!
勇ちゃんと私はピアスのように二人揃っていなくちゃダメなの!
Broken heart それはあのとき
蒼い心の海にひとつぶ投げた
Ah…真珠のピアス
イヤッ……イヤよ、勇ちゃん……
えっえっ……
瑞希は片方だけのイヤリングを握り締めたまま、その場にペタンと座り込み子供のように声を出して泣きはじめてしまった。
Broken heart 最後の夜明け
Broken heart 最後の……
ピンポーン
……えっえっ
ピンポーン
「みずき~!いないのかあ?」
勇、ちゃん?
ガチャ。
「瑞希、そんなに泣いて、どうしたの?」
……グスッ……
「ほら、お前が大事にしてたイヤリング、片方落としていっちゃったから持ってきてやったんだよ、清水の舞台から飛び降りる気分で買ったって言ってただろ?
次のデートの前に俺が無くしちゃうと困るから。
今日だってあのまま押し倒したりしてイヤリングどこかにいっちゃったらいけないと思ってキスだけで我慢したのに、瑞希が自分で落としていくんだから、まったく……」
勇次は真珠のイヤリングを手に、困り顔のまま突っ立っていた。
瑞希は勇次の手からイヤリングをひったくり、自分の持っていたのと一緒にテーブルに放り投げると、立ったままの勇次に飛びついた。
抱きしめる手に力を込めた勇次の表情が、力と裏腹でないことなど、見えなくてもはっきりわかる。
重なったまま倒れこみながら、もう一度勇次が訪ねた。
「そういえば、どうしてあんなに泣いてたの?」
ふと思い出した歌で勇次を疑ってしまったなんて言えない瑞希は、勇次の唇をキスで塞いでごまかした.
翌朝、幸せな気分で目覚めた瑞希がカーテンを開けると、テーブルの上で二つ揃った真珠のイヤリングが、朝日を受けてキラリと光った。
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