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Happyの予感, クリスマス, ショートストーリー

11時53分、あと7分でイブも終わりだ。

イブだというのに残業をして、終電に間に合うように、浮かれる街を駆け抜けている。

好きでやっている仕事だけれど、こんな日くらいは人並みにシャンパンで乾杯をして、
ケーキを食べて笑っていたかった。

それなのに、私ときたら、ファーストフードをかじりながらパソコンに向かい、
泊まり込みも3日目で、お風呂にも入っていない男たちと一緒に、声を荒げて会議をしていた。

なんていうクリスマスイブ!

私は悪態をつきながら、酔っぱらったおじさんたちや、べったりと寄り添いあうカップルの横を走り抜けた。

髪を乱して、息を切らせて、全力疾走した甲斐あって、終電が駅に滑り込んでくるのに間に合った。

弾んだままの胸を押さえて、開いたドアに乗り込んだとき、ほんの少しだけ違和感を感じたが、
思いがけず空席があるのを見つけて、足が自然にそちらに向かった。

座席に腰をおろすと、思い出したように一日の疲れが襲ってきて、
暖かな車内の空気とリズミカルな電車の揺れが、私を眠りに誘い込んだ。

ガタン。

停止した電車の音にハッとして目覚めると、電車のドアが開くところだった。

えっと、ここは……?

駅名を確認しようと外を覗いて驚いた。
それは、この電車が通るはずなどない地下鉄の構内。

彼が、いえ、正確には3年前の冬に別れた彼が、よく待ち合わせした階段横に立っていた。

趣味の良いスーツをスマートに着こなし、優しげで知的な瞳をしているのに、
なぜかいつも前髪が少しだけはねているのが、母性本能をくすぐる人だった。

今頃はシンガポールにいるはずの彼がどうして……?
心臓はどきどきと早くなり、頭は混乱していた。

あの日、彼は私にプロポーズをした。
「シンガポール支店への転勤が決まった。5年以上帰ってこれないと思う。
君に、一緒に来て欲しい。」

二年間つき合った彼のことは、心から好きだった。
でも、私は、彼に着いていくことを選べなかった。
入社以来ずっと入りたかった部署へ転属し、是非やりたかった企画のメンバーに加わったばかりだった。
一週間、食事も取れないほど悩み、出した答えがさよならだった。

もしも、あの時の選択をやり直せたら……
仕事で行き詰まる度に、何度もそう想像した。

今、この電車を飛び降りて、彼の元に走り寄ったら、やり直すことができるだろうか?

傍らのバックをつかみ、座席から立ち上がったとき、
ふと、さっきまで一緒に仕事をしていた仲間たちのことが思い浮かんだ。

女性の私を帰した後も、まだ、仕事を続けている仲間がいる。
彼らは今夜も泊まり込むに違いない。

腰を浮かせたままためらっていると、発車のベルがなってドアが閉まった。

窓の外で遠くなっていく彼の前髪を見ながら、愛しさと切なさと、
これでよかったのだと思う気持ちがないまぜになって胸をふさいだ。

それでも涙がでなかった自分は、大人になったな、と感じながら、窓の外に目をやった。

流れる景色を見ているうちに、また、眠りに落ちてしまった。

ギギー、ガタン。

電車が止まって、また、ドアが開いた。
入り込んできた冷気に目を覚まして、開いた戸口を見た。

ホームで、母が泣いていた。
母から少し離れたところで、父が怒ったような顔で立っていた。

あれは……
あれは、5年前、卒業したら地元で就職すると約束していたのに、
そのまま都会での就職を決め、それを報告に帰った日。

次の日から仕事だから、と、実家に泊まることさえしないで、東京にとんぼ返りした。

反対されることがわかっていたから、すべてが決定するまで家族には知らせず、
寮を出た後に住む場所も、新生活のための資金も自分でなんとかした後、
はじめて両親に電話をした。

驚いておろおろとするばかりの母と、こうなることはわかってでもいたというように
沈黙を守る父の前に正座して、自分の決めたことを伝えるだけ伝えると、
半ば逃げるようにして戻ってきた。

涙を止められない母に、「私は大丈夫だから」と何度も言い、
「時々ちゃんと会いに来るから」となだめるようにして、最終の新幹線に乗った。

夢中で仕事した日々は故郷を思う間さえ無く、
彼ができてからはデートの時間を捻出するのが精一杯で、
結局この5年間、実家には数えるほどしか帰っていなかった。

お母さん、元気かな?
お父さん、お酒飲み過ぎていないかな?

懐かしさに、電車を飛び降りたくなった時、父が母の肩を抱き寄せるのが見えた。

昔気質の父が、人前で母の肩を抱くのを見るのは不思議だった。

私が母の元を離れたことで、夫婦二人だけの優しい時間が生まれたのかもしれないと、
ほんの少し嬉しくなった。

プシュー
発車のチャイムが鳴って、電車のドアが静かにしまった。

ガタンガタン……
心地良く揺れる電車に身を任せても、もう、眠くはならなかった。
私は、たくさんの選択をしながら過ごしてきたこの5年間の時間を思った。

もしもあの時…… 辛くなる度に何度もそう思ったけれど、
あの時、今へ続くこの道を選んだのは、他の誰でもない自分だった。

あの時、この道を選んだからこそ、今の私がこうしている。
時を巻き戻して選び直すことは、決してできない。

けれど、これからの選択肢はまだたくさんある。
未来へ続く道は、どんなふうにでも変えていけるに違いない。

こんなイブも悪くないかな……
そんなふうに思い直したところに、携帯メールの着信音が鳴った。
今夜は会社に泊まり込んでいるであろう同僚からのメッセージ。

(終電間に合ったか?仕事、終わりが見えてきたぞ。
イブなのに残業つき合わせて悪かったな。今度、ゆっくり一緒にメシでも食おう。)

添えられていた添付ファイルを開くと、「聖しこの夜」のメロディが流れだした。

ガラにもない、そう思ったけれど、本当は嬉しくて、
窓の外を流れるイルミネーションの街を見ながら思った。

やっぱり、こんなイブも悪くない。


このショートストーリーは、大阪の時計店【ウオッチコレ】メールマガジン『ブリリアントタイム』に掲載されています。

クリスマス, ショートストーリー, 秘密

シャンシャンシャンシャン……

「この音、良いだろう?」

彼が自慢げに言う。

「すごく、らしいね」

僕は相槌を打ってやった。

最近、この界隈では、コスプレが流行している。

つまり、人間が思い描く姿をそのまま、そっくり真似るということだ。

このシーズンのコスプレといえば、もちろん、サンタクロース。

人間の世界でも、衣装を真似るだけのコスプレをするようだが、
僕たちのコスプレは、当然ながら人間とは違う。

なんといっても、持てる能力が違うのだから。

え? 僕たちは誰かって?

そうだな、あえて言うなら、人間が信じている“神様”ってのに近いかもしれない。

だから、サンタクロースのコスプレをしたら、もちろんプレゼントだって配る。

それも、一生使える宝物だ。

例えばそれは、人間が言うところの「才能」だとか、
「運」とかいう類だといえば伝わるだろうか?

ただし、これはあくまで僕らの遊びの1つだから、
誰にでも平等に、なんてことはしない。

じゃあ誰にプレゼントするのか? だって?

もちろん、気に入った人間さ。

例えば、飛んでいる僕らを見つけてくれた人間とか。

たいていの大人たちは、僕らの姿が見えていても錯覚だと考え、
僕らが見えたと言う子どもの話をちゃんと聞いてやらないんだ。

素晴らしいプレゼントというのは、信じることができる人間に届くものなんだよ。

「そろそろ出かけよう」

赤い服を着て白いひげを蓄えた、
どこからどう見てもサンタクロースにしか見えない彼は、
もうすっかり準備を整えて、きれいな音のするソリに乗っていた。

僕は、人間が言うところのトナカイにしか見えない姿で、
彼の乗るソリをひいて星空に駆け出した。

郊外のある家の窓辺で、小さな男の子とおじいさんが星空を眺めていた。

僕らを見つけた男の子が、指をさして目を見開き、
振り返って「サンタクロース!」と叫ぶと、
おじいさんはにっこり笑って、うんうんと頷いた。

さあて、彼らには、何をプレゼントしようか?

もしもあなたが、信じることのできる人間なら、
クリスマスの前の晩は、夜空を眺めてみるといいよ。


このショートストーリーは、大阪の時計店【ウオッチコレ】メールマガジン『ブリリアントタイム』に掲載されています。

クリスマス, ショートストーリー, 秘密

「ねえ、たっくん、たっくんはサンタクロースに何をお願いしたの?」

ほらきた!まただ。
ママは先週から何度も僕に欲しい物を聞いてくる。

僕はもう2年生なのに、まだサンタを信じているとママは本気で思ってるんだろうか?

サンタの正体がパパだってことくらい、今どき幼稚園児だって知っているのに。

しかも、僕にはパパがいない。

今年の夏、パパとママは離婚したから。

プレゼントの質問はいつも適当にはぐらかしてたんだけど、何度も聞きな
おされるのも面倒だから、「PS……」とゲーム機名を答えようとしてやめた。

そうだ、ママを少し困らせてやろう。

「自転車!僕、自転車が欲しいんだ。今のよりもっと大きいやつ」

「自転車?そ、そう……」

ママは少し驚いた顔をした後、何か考え込むように頷いて言った。

僕のうちではこれまで、サンタのプレゼントは、朝起きると必ずベッドの所に置いてあった。
わっかのついた最初の自転車を貰ったときだってそうだ。

僕の家はエレベーターのついていないマンションの3階だけど、背の高い
パパなら自転車を運ぶくらいなんでもなかったんだと思う。

もし、ママが僕に謝ってサンタの正体を教えてくれたら、
自転車は取り消して小さなゲーム機を買ってもらうつもりだった。

だけど……。

その夜僕は目をつぶってもなかなか眠くならなかった。
パパとママの喧嘩する声をどきどきしながら聞いていたあの夜のように。

カタン!ズッ……カタ……カチャン。ドンッ!

部屋の外でひきずったりぶつけたりする音がしたと思うと、
ドアが開いて、何かがベッドに近づいてきた。

僕は暗闇の中でこっそり薄目を開けてみた。

そこには、リボンのついた自転車を持ったママがいた。

小さなママがあの大きな自転車をここまで運んできたんだろうか?

ハアハアと大きく息を吐きながら、できるだけ音をたてないようにと必死で頑張っている。

サンタらしい服を着て、顔には大きな髭までつけて。

僕はなんだか鼻の奥がツンとなって、目をぎゅっとつむった。

今僕が見たのは、きっと本物のサンタクロースだと思いながら。


このショートストーリーは、大阪の時計店【ウオッチコレ】メールマガジン『ブリリアントタイム』に掲載されています。

クリスマス, ショートストーリー, ベリーショートストーリー

ジリリリリリリ!

けたたましいベルの音に飛び起きた彼は、まだ半分しか開いていない目で、特製時計の文字盤を見た。

彼が持っている1年時計の金色の針は、赤いしるしを指していて、今日が特別な日であることを知らせている。

「もう当日か、早いなあ……」

大きな体をベッドから押し出しながら、小さなあくびをひとつして、自慢の髭をつるりと撫でた。

彼が自分で仕事をするのは1年に一度だけ。
けれどそれはとても重要な仕事で、なおかつかなりの重労働。
そして、なにより、彼だけにしか出来ない仕事だ。

大勢の部下たちが半年がかりで準備した資料に目を通し、
今夜の仕事の段取りをして、最後の準備を整えるうち、あっという間に夜が来た。

今夜は特に冷えるようだ。

彼はたっぷりとファーのついた赤いカシミヤのコートを羽織ると、
特製の乗り物に乗って、夜の街へと出て行った。

シャンシャンシャン……

彼の乗り物が奏でる美しい音が遠ざかるのに気づいた部下が、
慌てて彼を呼び止めようと、大きな声で叫んでいた。

「社長、お待ちください!この時計、1ヶ月ほど進んでいます!
まだ12月になっていません!社長!社長……」


このショートストーリーは、大阪の時計店【ウオッチコレ】メールマガジン『ブリリアントタイム』に掲載されています。

ありがとう, クリスマス, ショートストーリー

明るい日差しがクリスマスツリーを照らし、
行き交う人の多さと賑やかな笑い声に、思わず目を細めてしまった。

長い間あんなところでじっとしていると、光と音と人が溢れる外の世界は、
まるで別の国のように感じる。

あまりゆっくりはしていられない。
急いで買い物を済ませ、回診の時間までに戻らなくては。

闘病生活が長くなって、はやく自宅に帰りたいという希望は、
少しづつあきらめに変わっていった。

それでも、巡り来る季節を忘れてしまいたくはなくて、
節目になる行事だけはいつも大切に考えていた。

もうすぐ、クリスマス……。

彼に贈りたいものがあった。

昨日、お茶を煎れてくれた彼の手元を見た時、時計のベルトがすり切れて、
ずいぶんくたびれていることに気がついた。

大通りの向こうにある商店街、少し歩けば時計屋さんがあったはずだ。

流行の服を着た女の子たちとすれ違う。

パジャマの上にスカートをはき、コートで隠すようにしている自分が少し恥ずかしくなった。

病気にさえならなければ今頃……
もう考えるのはよそう、そう決めていた恨み言が一瞬頭をよぎった。

クリスマスソングの流れる商店街の向こうに、時計屋さんの張り出したショーケースが見えた。
メリークリスマスと書いた看板の横に、金色の天使のオブジェが飾られている。

ケースの中央、一番目立つ場所にあった時計に目が引きつけられた。
すっきりとしたデザインで、文字盤のダイヤが上品な輝きを放っていた。
彼の腕にきっとよく似合うだろう。

けれど、その値札には、たくさんのゼロが並んでいて、今の私にはとても手が届かなかった。

私がまた元気になって、働くこともできるようになれば、こんな時計をプレゼントすることだって夢ではない。

そんな日のことを想像しながら、時計屋さんのドアを開けた。

今夜もいつもと同じ時間に会いに来てくれた彼は、
「メリークリスマス!」と言って金色の紙に包まれた小さなボトルを差し出した。

手際よく包みを開けながら、「アルコールは入ってないけどね」といたずらっぽく笑う。

この人と結婚してよかった。

唐突にそんな気持ちがわき上がり、目頭が熱くなった。
こんなふうに彼といられる時間は、あとどれくらいあるのだろう?

「病室の湯飲みじゃ気分がでないだろ」

彼は紙袋からワイングラスを二つ取り出した。
音を立てないようにタオルを押し当てて蓋を開けたのは良かったけれど、
勢いよくわき上がった泡のせいで、中身がずいぶん減ってしまった。

したたり落ちる大量の滴に慌てている彼が、可愛いと思った。

枕の下に隠したプレゼントを渡したら、彼はどんな顔をするだろう?

ようやくつぎ終えたシャンパンの泡に、ベッドサイドのライトが反射して綺麗だった。

二人でくすくす笑いをかみ殺しながら、グラスをぶつけて乾杯をした。

**********

「春江!春江!春……」

胸が重く、息が苦しくなって、目の前が霞んだ。

妻が、たった今亡くなった。

こんなにも早く、こんなにも急にこの日がやってくるなんて……。

時計の文字盤が滲んでいるのを見て、僕は自分が泣いていることに気がついた。

何ヶ月もの間、病魔と闘って、とても疲れていたはずなのに綺麗なままの顔だから、
少し眠っているだけだと思い込みたくなった。

手も頬もまだ暖かく、唇には笑みさえ浮かんでいるように見える。

「春江……」

春江とここで乾杯したのは、まだ、ほんの一週間前のこと。

病室を抜け出してプレゼントを買ってくるほど元気だったのではなかったか。

君が予想していた通り、僕はまず怒ったけれど、本当はたまらなく嬉しかったんだよ。

病院を出たら自分も働いて、文字盤にダイヤのついた高級な時計を僕にプレゼントしたいと言っていたね。

それじゃあ春江の分も買って、一緒にダイヤの時計をはめようって、そう約束したじゃないか。

春江…… 君がくれたこの時計にはダイヤなんてついていないよ……。
君の細い手首には、点滴の針が刺さって、時計さえついていない……。
君はこれまで、僕との約束を破ったことなんてなかったのに……。

春江…… 約束は守らなくてはいけないんだよ!!

そのとき、窓の外から厳かに響く鐘の音が聞こえてきた。
今年の終わりと、新しい年の到来を告げている。

僕は、二人でずっと守ってきたもう一つの約束を思い出した。

「新しい年には新しい気分で」

どんなに喧嘩をしていた年だって、どんなに疲れていた年だって、
新しい年を迎える時には、二人とも笑顔で、新しい気分で新年を迎えましょう。

結婚して初めてのお正月に、そう約束して以来、僕たちはずっと、それを守ってきたんだったよね。

春江、どんなに悲しい年だって、これは守らなくちゃいけないのかい?
だから、君は、そんなふうに綺麗な顔で旅立ったのか。

「そうよ、あなた。新しい年には、新しい気分で」

横たわる春江の唇から、そんな声が聞こえたような気がした。

もうすぐ、新しい年がはじまる。


このショートストーリーは、大阪の時計店【ウオッチコレ】メールマガジン『ブリリアントタイム』に掲載されています。

Happyの予感, クリスマス, ショートストーリー

「うそだろ?……」

茫然と立ち尽くすアイツに、皆があわれみの表情を向ける。

「おまえ、ついてねぇな」

ポンと肩を叩いた先輩は、自分が行かなくて済む安堵でにやついている。

「悪いな」「申し訳ない」「よろしく頼む」

次々に声をかけられながら、アイツはン千万の商談がポシャリそうに
なった時よりもっと困った顔をしていた。

「俺が代わりに行ってやるよ」

そう声をかけると、口をあんぐりとあけて驚いている。

そりゃあ、そうだろう。オレだって、秋に結婚したばかりの新婚で、
カミさんの腹には子どもがいる。

身重の妻が、知り合いも少ない東京で初めて迎えるクリスマスだというのに、
旦那が5日間も留守にするなんてありえない。と普通なら思うだろう。

しかし、アイツだって、去年は付き合いたての彼女を置いて、
ひとりで雪の田舎にこもるという、あり得ないクリスマスを過ごした。

俺はフラれることを承知で沈んでいる彼女を食事に誘い、
案の定見事玉砕して、ひとりでヤケ酒を飲んだおかげで、
今のカミさんと知り合った。

世の中、何が幸いするかわからないものだ。

馬鹿正直なアイツは、まだ、彼女にプロポーズさえしていない。

アイツのことだから、どうせ今年のクリスマスに……
なんて考えていたのだろう。

そのクリスマスを、また、東北の雪ン中で過ごすことになった。
なんてなったら、彼女だって、もう待っていてはくれないかもしれない。

「オレが行くからいいよ。オマエの代わりだって言ったら、
カミさんだって納得せざるを得ないだろうし、大丈夫だよ」

アイツの顔に少しずつ表情が戻ってくる。

「本当にいいのか?」

「ああ、いいよ」

「雪の他には何もないぞ」

「そうらしいな」

「もし、おまえのいない間に奥さんに何かあったらどうするんだ?」

「その時はオマエがなんとかしてくれよ」

「そ、そうだな……。ありがとう!恩に着るよ!」

今頃アイツは、彼女に指輪を渡しているだろうか。

奮発して予約した店からは、イブの夜冬の花火が見えるらしい。

シャンパンと花火と彼女の笑顔……
お膳立てはバッチリだから、きっとうまくいくだろう。

「ほっんと、すごい雪!それに、誰もいないし、何にもない所ね」

「ちょうどいいじゃないか、仕事中にこんなことができるんだから」

オレは窓の外を眺めるカミさんを抱き寄せてキスをした。

代わってやるとは言ったけど、誰もひとりで来るとは言ってない。

雪に閉ざされた田舎の事務所で、5日間の電話番。

かかってくるかこないかもわからない数本の電話のために、
本社が毎年人をやるのは、ここにかかってくる電話を発端に
大きな商売が始まったことが、一度や二度じゃないからだ。

携帯電話の電波もとどかないような場所で、
雪景色だけを見ながら、ひたすら電話を待つだけの事務所。

ひとりなら監獄だ。

でも、新婚のカミさんと一緒なら……

「いやン、ダメよ、あっ……」


このショートストーリーは、大阪の時計店【ウオッチコレ】メールマガジン『ブリリアントタイム』に掲載されています。

クリスマス, ショートストーリー, 恋するキモチ

「本当にいいのか?」

「ああ、今年の東北出張は俺が行くから安心しろ」

毎年この時期にある東北への出張は、クリスマスを挟んだ5日間。

当然、家族や彼女のいる奴はもちろん、特に予定のない奴だって、
雪ばかりでイルミネーションもないような田舎には行きたがらない。

誰が行くかはくじ引きで決めるのが常だった。

だが、今年は、俺が自分から行くと言いだしたので、
部内にざわめきが起こった。

こちらに居れば彼女に会いたくなるし、
会わなくても電話してしまいそうだ。

だが、あの田舎なら、携帯の電波さえ、まともに入らないだろう。

俺の彼女は、自分のことを、平凡でつまらない女だと思っているようだが、
もちろん、そうじゃない。

取引先の業務部にいる彼女のことを狙っていた男は、
この部署だけでも4人いた。

いや、今だって、諦めていない奴がいるかもしれない。

もちろん、俺もそのうちのひとりだったし、あいつもそうだった。

話が急展開したのは、夏の暑さがようやくひいた9月最後の週末。
あいつと二人で飲みすぎて、どちらも彼女に本気だということがわかった。

男らしく正々堂々と戦おうじゃないかと誓いあって、
どちらが先に告白するかを、じゃんけんで決めた。

あんなに真剣にじゃんけんしたのは、
ビックリマンチョコのレアシールを、誰が貰うかで争った
小学校のとき以来だった。

先に告白する権利を得たのは、俺の方。
そして、彼女の争奪戦に勝ったのも、俺だった。

あいつは、告白するチャンスさえ失くして、
彼女のことはきっぱり諦めると言った。

ただし、俺たちはこんな約束もしていた。

例えどちらが勝ったとしても、
相手に敬意を表して、今年のクリスマスはひとりで過ごすこと。

簡単な約束だ、とその時は思った。

だが、彼女と付き合い始めると、ふたりで迎えるはじめてのクリスマスを
彼女がどれほど楽しみにしているのかが分かって、約束を後悔した。

泣きながら「来年……」なんて言い出したときには、
すぐに抱きしめて「冗談だ」と言い、
約束なんて忘れたふりをしようかと思った。

それでも俺は平静を装い、彼女を抱きしめるのも我慢して、
「来年のクリスマスはどんなことがあっても一緒に過ごそう」
と誓った。

「来年……来年……くそぉ、早く来年にならないかなぁ」

雪の他には何も見えない窓の外を眺めながら、
うわごとのように「来年」を繰り返す。

笑えるくらいに何もない田舎での5日間は、
精神修行になるのではないかと思う。

「来年は彼女と過ごすぞぉ!! 」

ひとりっきりの事務室で、天上を向いて叫んだ。

このショートストーリーを掲載のウオッチコレメールマガジン「ブリリアントタイム」は、隔週金曜配信中です。

クリスマス, ショートストーリー, 恋するキモチ

「えっと……あの、じゃあ、来年のクリスマスは一緒に……」

なんとかそこまでは言葉にしたけれど、その先は嗚咽になった。

涙がこらえられなかったから。

この先一生会えないというわけでもないんだし、
クリスマスを一緒に過ごせないくらい、大したことではない。

そう自分に言い聞かせようとしても、溢れる涙が止まらない。

「ごめん……なさ…ひぃっく」

何年も片思いしていた彼と、実は両想いだったことが分かったのは、
良く晴れた空が嘘みたいに青かった10月の日曜。

世界中のラッキーを一人占めしたんじゃないかと思うくらい幸せだった。

でも、その幸せは、翌日にはすぐ不安に変わって、
夢を見たんじゃないだろうか?とか、
からかわれただけだったのかもしれないとか、
何か勘違いしている可能性もあるし。などと考え始めた。

不安が襲ってくる度にじっと覗き込んだ彼の瞳は明るい茶色で、
一点の曇りもなかったけれど、
不安は解消するどころか、日増しに大きくなっていった。

彼と一緒に出掛けると、綺麗な女の子たちが彼のことを見ている気がして、
こんなに素敵な彼と自分は、釣り合わないように思えて仕方なかった。

新しい服を買っておしゃれをしても、頑張ってメイクしても、
料理を習っても、スポーツクラブに入って少し痩せても、
不安はちっとも消えなかった。

片思いのまま、ときどき目が合うのを喜んでいた方が良かった。

そんなふうにさえ思い始めた12月、
一週間ぶりのデートで彼が口にした言葉に叩きのめされた。

「あのさ、クリスマスは会えそうにないんだ」

<ほらきた!>

心の中の自分が、したり顔で言った。

<ほかの女と会うからに決まってる!>

追い打ちをかけるように続ける。

(そうやってすぐ決めつけるのは良くないんじゃないかなぁ……)

弱々しい声でもう一人の自分もつぶやく。

(たまたまクリスマスに何か用事があるのかもしれないし……)

<付き合って3か月目の恋人に会う時間もないほどの大切な用事って何?>

(そ、それは……)

いじわるそうに言われると、もう一人の自分は黙りこんだ。

「……えっと……あの、じゃあ、来年のクリスマスは一緒に……」

長い長い沈黙の後、ようやく絞りだすことができたのは、
来年の約束だった。

どうして会えないの?だとか、代わりにいつ会えるの?だとか
聞くべき質問はいくらでもあったはずなのに。

彼はちょっと驚いた顔をした後微笑んで、

「わかった、約束するからもう泣かないで。
来年のクリスマスはどんなことがあっても一緒に過ごそう」

と言った。

彼は嘘をつかないひとだ。

これで、すぐに振られても、来年のクリスマスにだけは、
もう一度会えると思った。

少し安心して、また涙が出た。

このショートストーリーを掲載のウオッチコレメールマガジン「ブリリアントタイム」は、隔週金曜配信中です。

クリスマス, ショートストーリー, 世にも奇妙な物語

「ああ、しまった!」
神様は、サンタクロースに渡そうとした3つの“願い星”のひとつを、
うっかり取り落としてしまった。

“願い星”というのは、神様が1年に3つだけ作る人間への贈り物で、
毎年クリスマスイブの夜、サンタクロースに託して地上に届けることになっている。

この“願い星”をもらえるのは、その1年間をもっとも美しい心で過ごしたと
神様が認めた3人の人間。

サンタクロースは、子供たちにプレゼントを配るついでに、
この“願い星”を選ばれた人間の頭の上に降らせる。

本人には知らされないが、この“願い星”が頭上に降ってきた時、
その人間が一番強く願っていることが、何でも叶うことになっている。

この“願い星”のおかげで、ハンバーガーをおなか一杯食べた人もいれば、
忘れ物を取りに戻ってもパーティーに遅れずに済んだ人もいるし、
初恋の相手にバッタリ会った人もいる。

人が普段一番強く願っていることというのは、案外身近で小さなことだったりするのだ。

それでも中にはベルリンの壁の崩壊や、拉致監禁からの生還などを叶えた願い星もあった。
もっとも、それだって、“願い星”が降った人間は、壁や海の向こうにいる大切な人に
もう一度会いたいと強く願っていただけなのだけれど。

さっき神様がついうっかり取り落としてしまった“願い星”は、ゆっくり
と煌きながら人間界まで落ちていった。

本来ならば、神様の選んだ美しい心で過ごした人の上に降るはずの“願い星”が、
今年は冬の空を漂って、どんな人の上に降るのかまったくわからなくなってしまった。

クリスマスイブの夜、もしあなたが一粒の宝石のように美しい流れ星を見て、
その後、なぜか突然願いごとが叶ったら、空の高いところに向かって、神様にお礼を言って欲しい。

リアントタイム」” href=”http://www.watch-colle.com/cgi-bin/mail/Haruka.htm” target=”_blank”>ウオッチコレメールマガジン「ブリリアントタイム」は、隔週金曜配信中です。

クリスマス, ショートストーリー, リスタート, 怖い話

「ねえ、あなた、私、お仕事に出てもいいかしら?」

終電で帰宅して、レンジで温めた夕食の皿をつついていると、パジャマ姿の妻が話しかけてきた。

「仕事って……」

結婚して5年、俺の仕事は年々忙しくなる代わりに、昇進も順調で、
妻が生活の心配をする必要のない給料をもらっていた。

「お金に困っているわけじゃないだろう?」

「お友達がね、輸入化粧品の代理店を始めたの。
商品は薬草を原料にしたナチュラルなもので、ヨーロッパではたくさんの人が
使ってるんだけれど、日本にはまだほとんど入ってきていないから、
訪問販売の形をとって、説明しながら売るんですって。
それで、ね、私に、そのお手伝いをしてほしいそうなの……」

「なんだ、化粧品のセールスか。お前には無理だよ、簡単には売れやしない」

広げた新聞に視線を戻し、まだ何か言いたそうにしている妻をさえぎった。

妻はそれ以上何も言わずに休んだので、納得して諦めたものと思っていた。
が、しばらくして、妻がその仕事を始めていたことを知った。

少しいやな気分にはなったが、どうせ僕が会社に行っている間だけのことだし、
大目に見てやることにした。

その日読んでいた新聞には、気味の悪い事件が載っていて、
暗くなってからも一人でいることの多い妻のことがほんの少しだけ心配になった。

**********

「またですかぁ?」

若い刑事が間の抜けた声を出して顔をしかめた。

ここのところ、この管轄では、昼間自宅に一人きりの女性が薬を飲まされ眠っている間に指を切り落とされる、
という気持ち悪い事件が続いていた。

使われた薬はまだ断定できていないが、一時的に記憶を失くす作用があるらしく、
どの被害者も、事件前後の記憶がすっぽり抜け落ちていた。

そんなことで、捜査はなかなか進展しないまま、被害者の数だけが増えつづけていた。

「きっと、頭のイカレタ野朗の仕業だ、行くぞ!」

**********

彼は今夜も遅いようだ。
毎日仕事仕事と言って、一緒に夕食をとることが無くなったのはいつからだったろう?
私は一人で食べた夕食の皿をシンクに運んで、水道の水を出しながら、
あの日のことを考えていた。

あの日、たまたま訪ねたのは、高校時代の同級生の家だった。
昔から何でも自慢するタイプの女性だったけれど、
主婦となってその態度には拍車がかかっていた。

仕事などどうでもいいからすぐに帰ろう、と思った矢先、
彼女が最近ご主人に買ってもらったという指輪の自慢をしはじめた。

どこにでもあるような指輪などちっとも羨ましくはなかったが、
彼女のご主人が結婚記念日をちゃんと覚えていて、
プレゼントを贈っていることが羨ましかった。

指輪を誉めたことに調子づいた彼女は、その後、
自分達がどんなに仲が良くて幸せな暮らしをしているかを長々と話しだした。

吐き気がするほどうんざりとしながら、高校時代にも同じようなことがあったことを
思い出していた。
そして、聞いているうちだんだん、殺意にも似た嫉妬と憎しみの念が沸いてきた。

だから、もう一度彼女を訪ねて……

その後のことは、まるで映画でも見ていたように現実感がなく思えるのはなぜだろう?

すぐに見つかって咎められると思っていたのに、誰も私を疑わなかったから、
私は中毒患者のように、「ソレ」を繰り返している。

もしかしたら、はやく夫が気付いて叱ってくれることを望んでいるのかもしれない。

********

今夜も最終電車になってしまった。
今日は何か忘れていることがあるような気がする。
喉元まで出掛かっている事柄が思い出せないのは、気持ちが悪いものだ。
電車を降り、バスがなくなってしまった自宅までの道のりを歩きだした。

もう12月か、そろそろコートが必要だな。
深夜の歩道は冷え切っていて、足元から這い上がってきた冷気が身を震わせた。
自宅が見えてくると、珍しく、部屋に明かりが点いていた。

明かりのある部屋へ帰るのは、やはり嬉しいものだな、
軽い笑みがこみ上げたとき、なかなか思い出せなかった大切なことを思い出した。

今日は、僕らの結婚記念日だった……。

新婚の頃は、こんなに素晴らしい日を忘れる奴がいるなんて信じられないと思っていたものだが、
こうして当の本人がすっかり忘れてしまうのだから困ったものだ。
僕は自嘲気味にもう一度笑った。

すぐ妻に謝って、週末は久しぶりにふたりで食事にでもでかけよう。
そう考えながら、自宅のドアを開けた。

「お帰りなさい、あなた。ね、見て、今日はツリーを飾ったのよ」
リビングから明るい声がして、さっきまで点いていた明かりが消え、
代わりに点滅するツリーの電飾が光るのがわかった。

リビングの真ん中に置かれた大きなツリーには電飾と一緒にその明かりを反射して
キラキラと光る小さな飾りがいくつもついていた。

「綺麗でしょ、あなた」

「ああ、綺麗だね」

「あなたがそう言ってくれて嬉しい!」

妻はにっこりと微笑んで言ったが、その目は僕を通り越してどこか遠くの方を見ているようだった。

慌てて今日のことを謝ろうと口を開きかけたとき、妻がまたリビングの明かりを点けた。

「!!」

リビングに明かりが点くと、電飾に反射して光っていたのが、
色とりどりの指輪だったことがわかった。

どれも、すべて、指にはまったままの……

僕は言葉を失って、ただその場に立ち尽くした。
妻は、視線を宙にただよわせたまま、にっこりと微笑んでいた。

**********

「あんな大きな家で何不自由なく暮らしている奥様の犯行だったんですねぇ」

若い刑事は首をかしげながら、先日の調書を読んでいた。

「切り取った指をツリーに飾ってたなんて、やっぱりイカレちゃってたんだろうけど、
どうしてそんなことしたんでしょうねぇ?」

「おまえ、ウサギは寂しいと死んでしまう、っていう話を知ってるか?
彼女もきっと寂しかったんだろうなあ。
仕事仕事で結婚記念日さえ一緒に食事できない夫と暮らしているのが」

「亭主元気で留守がいい、っていうんじゃないんですかね?」

「まあ、まだ彼女もいないお前なんかにはわからないかもしれないな」

俺は笑いながらそう言ったが、こんな事件がまたいつ起ってもおかしくないような気がしていた。

たった一つ、救いがあったのは、奥さんを自首させた夫が、
その後、奥さんの好物を持って毎日面会に来ていることだろうか。

彼女はやがて病院に移されることになるだろう。

夫は、精神を病んでしまった彼女が、元の心と笑顔を取り戻すまで
ずっと彼女の傍にいるつもりだ、と言っているそうだ。

このショートストーリーは、ウオッチコレメールマガジン「ブリリアントタイム」に掲載されています。