「うそっ……」
思わず声が漏れたのは、思いがけない場所であの花菜を見かけたから。
思いがけないところ、というのは、後輩の結婚式会場。
私は、新婦の会社の先輩として参列し、花菜は新郎の会社の同僚として出席していた。
まさか、花菜が新郎の同僚だったとは……
壇上でうれし涙にむせぶ花嫁に駆け寄って、「気を付けなさい」って忠告してあげたい気分だった。
花菜がかなりの美人であることは、ひと目見れば誰でもわかるが、問題は、彼女の美しい外見ではなく、どんな男も惚れさせてしまう驚くべき内面だ。
花菜と一日一緒にいて惚れなかった男がいたら、そいつはきっとホモに違いない。
そう言われたくらい、 学生時代の花菜はモテた。
しかも、男に媚びを売ったり、色仕掛けでモテてたわけでなく、美人のクセに性格も良く、母性も思いやりも色っぽさも全部持ち合わせていたりして、男の方が勝手に熱を上げるからよけいに性質が悪い。
花菜のような女こそが、本物の“魔性の女”なのだと思う。
うっかり彼氏を紹介してしまったばっかりに、彼氏が勝手に花菜にハマって、振られた女も数知れず……。
それでも花菜が嫌な女なら、怨むこともできるのだけれど、なまじ、いい子なものだから、振られた女にとってみれば、怒りの持って行きどころさえない。
そんな花菜が、満面の笑みで、新郎の結婚を祝福しているのである。
もしかしたら、時すでに遅しなのかもしれない、とさえ思った。
花菜のような女は一日も早く結婚して、誰かのものになるべきだ。
できれば、ちょっと嫉妬心の強い、拘束型の男がいい。
外に働きに出ることさえ嫌って、一日何度も電話をして、在宅を確かめるような……。
ああ、私って、なんてヤな女なんだろう。
花菜に悪いところなど一つもなかったというのに。
未だにあの時のことを、心のどこかで根に持ってたなんて……。
そう、私も、彼氏を花菜に取られたのだ……
いえ、正確には、彼氏が勝手に花菜に惚れてしまった、哀れな女のひとりなのだ。
高校時代から好きだった男で、それはかれこれ5年越しの恋で……。
でも、よく考えてみれば、あの時彼が花菜に惚れたからこそ、彼と別れることになって、私の新しい人生が始まったのかもしれない。
私は、リングが光る左手を、膨らみかけたお腹に当てた。
今、私のお腹の中には、3番目の子供がいた。
夫は、あの時別れた彼氏とは雲泥の差の、パッとしない男だけど、バカがつくほど正直で、誰よりも優しくて、なにより、私と子供たちを心から愛してくれている。
そういえば、今けっこう幸せなんだよな、私。
花菜を見かけた動揺もいつの間にかおさまって、遠い日の思い出も、柔らかな霧に包まれていった。
※このショートストーリーは、3部作の第1作目です
それぞれ独立した作品ですが、3作全てをお読みいただくと、よりお楽しみいただけます。
第2作『覚えている女』につづく。