「これが僕の気持ちだよ。受け取ってくれるかい?」
耀司は小さな箱の蓋を開けて、星屑のようなダイヤが光る細いリングを差し出した。
「私なんかで本当にいいの?」
ルイは片足を引きずりながらおずおずと耀司に近づいていった。
前に進む度にひょこひょこと揺れる体はとても不恰好だったが、睫の長い大きな目は喜びに満ち溢れて輝いていた。
「私はこんな体だから、あなたの妻として満足なことができないかもしれない……」
心配そうに俯くルイに、耀司はきっぱりと言った。
「そんなこと構うもんか!僕はルイが傍にいてさえくれれば、それでいいんだ!」
「耀司……嬉しい!!」
耀司の腕に抱かれて、ルイの頬に涙のしずくがキラリと光った。
ピンポン!
その時、神様たちの集う“幸運の女神に微笑まれる人選考会会場”では耀司の名前が候補者の一人としてカウントされた。
「この後が楽しみね」
女神長はモニターに映る耀司とルイを見ながら呟いた。
ルイと婚約した耀司には、まず、仕事上で幸運が訪れた。
耀司の会社に大きな利益をもたらす将来性ある取引先との商談をまとめた上、そこの社長に大変気に入られた。
その結果、耀司は一気に二段階の昇進を果たした。
耀司はこの成功を一番はじめにルイに伝え、ふたりで大喜びをした。
仕事がどんなに忙しくなっても、ルイへの電話を欠かすことはなく、ルイの体を気遣いながら結婚に向けて準備を進めた。
次に耀司が遭遇したのは、宝くじの一等に当選するという大幸運。
大喜びした耀司は、賞金のほんの一部を使って、ルイと豪華な旅行を楽しんだが、残りは結婚生活資金のためにとみな貯金した。
その後は贅沢に走ることも、ギャンブルにはまることもなく、これまで通りの堅実な生活を続けた。
「あとひとつクリアーできれば、この男は合格です」
モニターから目を上げた女神長は、新人女神たちを見回しながらそう言うと、長老達に目配せして頷いた。
耀司に突然舞い降りた、3つめの幸運は“女性”に関するものだった。
硬派として通っていた耀司は、ルイと出会う前にも真剣な交際をした相手がひとりいたが、女性と浮ついた気分で遊んだり、気軽に夜を共にするようなことは決してなかった。
それでも、課長として女子社員を部下に持つようになると、自然と彼女達と接する機会も増え、気の効いた会話のひとつふたつもできるようになってきた。
そして、耀司に熱いまなざしを向けるOLも現れ始めた。
その中には、社一番の美人と謳われ、男性社員の視線を一身に集めながらも、高嶺の花として誰一人として誘うことの無かった山口麗子もいた。
ある日、残業で遅くなった耀司が社を出ようとすると、物陰から突然、山口麗子がかけ寄ってきて、小さなメモを押し付けるように渡して走り去った。
メモには、麗子の携帯番号が書かれていた。
耀司は、これまでにも何人かの女子社員に誘われたり、贈り物をされたりしていたが、その度に相手をできるだけ傷つけないように細心の注意を払いながら、しかし、きっぱりと断っていた。
けれど、相手があの山口麗子となると話は少し違ってくる。
ましてや、こんなに遅い時間まで、自分にメモを渡すためだけに物陰でじっと待っていたのだからたまらない。
メモはすぐに処分したものの、耀司は翌日から麗子が気になってしかたなかった。
麗子の深い色をした切れ長の目は、じっと見ていると吸い込まれそうなほど美しかった。
麗子をよく観察していると、意外にも気さくで、男性社員だけでなく女性の同僚や後輩たちにも人気があることがわかった。
華やかな外見に似合わずきっちりと仕事をこなすので、安心して書類を預けることもできた。
耀司はいつのまにかルイと同じくらい麗子のことを考えるようになっていた。
そして、社の運動会で走る麗子の伸びやかな肢体を見た時、ルイとは決して楽しむことができないいくつもの事柄が頭の中を駆け巡り、仕事で一緒に外出した帰り、ついに、麗子を食事に誘ってしまった。
眩しいくらい魅力的に装った麗子と食事を楽しんで、夜景の綺麗なホテルのラウンジに場所を移した時、耀司はルイのことをすっかり忘れていた。
その夜二人はそのままホテルの部屋に泊まった。
ブブー!!
「あと少しのところでしたのに……」
思わずそう呟いた後、女神長はモニターの横にあるマイクでルイに呼びかけた。
「惜しかったけれど彼も失格です、もういいから帰っていらっしゃい」
スピーカーからルイの声が響く。
「女神長、耀司さん、とうとう私を裏切っちゃったの?」
「そうです。ずいぶんと迷っていたようですが駄目でした。地位とお金と女性……これらを与えると、男性はどうしてもどれかに夢中になって、一番大切にすると誓った人のことも省みなくなってしまうようです」
ルイは残念そうに溜め息をつくと、曲がった背中をシャンと伸ばし、だらしなく引きずっていた足をスッと揃えた。
束ねていた髪を解き、軽く頭を振ると、艶やかな髪が波打ってキラキラと輝いた。
真っ直ぐに顔を上げ、左手を見詰めた瞳は、とても大きく魅惑的で、その容姿はまさに、“女神”と呼ぶのにふさわしいものだった。
薬指から引き抜いた細いリングを机の上にコトリと置くと、耀司の部屋の電話が鳴った。
電話の向こうでは、耀司の上司がイライラとした表情をしている。
同じ頃、耀司が宝くじの当選金を預けた銀行では、明日事実上の倒産を発表しなくてはならなくなった経営陣が、社長室に集まって頭を抱えていた。
夜景の綺麗に見える部屋のベッドでは、麗子が隣で眠る男を冷たい目で見下ろしながら呟いた。
「私、どうしてこんなことしちゃったのかしら……」
立て続けに起った幸運が、みな、自分の力のせいだと自惚れ始めていた耀司だけが、幸せそうな顔で寝息をたてていた。
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このショートストーリーは、大阪の時計店【ウオッチコレ】メールマガジン『ブリリアントタイム』に掲載されています。